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第29回 十翔会のお知らせです。 [催事]

ベースも今日で、一旦終了…撤収です。

そして、明日準備に勤しんで・・明後日搬入で、恒例の十翔会です!

大阪美術倶楽部にて開催して居ます、展示即売会「十翔会」もご哀願いただいて戴いております
皆様のおかげで15年目、第29回を迎えました。

千家流書付道具からお手頃な奉仕価格の茶道具、また現代美術工芸品など1000点以上の品を
全品正札付きで取り揃えております。

初めてお越しの方でもお気軽にご覧いただける展示即売会ですので、皆様お誘い合わせの上、ご来場賜りますようお願い申しあげます。

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開催日程

平成30年5月26日(土)〜28日(月)

10時〜18時(最終日は17時まで)

会場

大阪美術倶楽部 新館2階
住所:大阪市中央区今橋2ー4ー5
電話:06ー6226ー7048

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ご来場の節は、受け付けにて『藤井香雲堂のブログを見た』とお申し出くださいませ。

会場のご案内や、もしお買い求めされる作品がございましたら、アドバイスやご購入のお手伝いをさせて頂きたく存じます。

当店も久々に、出品点数が多くなりそうです。
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川瀬忍 青磁無閑人 蓋置 [新入荷]

一閑人蓋置、は七種蓋置に数えらえ、お点前の際に・・・ちょっと、ひとひねり、する蓋置で有名です。

子供が井戸を覗き込んでる様のように見えることから、一閑人と呼ばれますが、元来は香炉であったのを転用したという説もあります。

もちろん、そこから蓋置に変わっていって、穴あきになるのでしょうけど。

『茶道望月集』に「惻隠の蓋置は、一閑人共云、是を棚に置時は、人形を前へ見て置、堵炉の時は人形を向へ見也、又風炉の時炉にても向点の時は、人形を前へ見て柄杓を掛る、釜の蓋を置時は、柄杓を取左へ渡し、右手にて横になして、人形の面を我左の方へ会釈置、夫へ蓋を置事能、幾度も柄杓置時は堅に取直し置、蓋は兎角横になして置也」とあります。

今日、ご紹介するのは・・・

『無閑人』です。

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作は、青磁の神髄を研究し尽くした上で、現代語として青磁を再解釈して製作されております一人者・・・川瀬忍さんです。

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なんとも、いい形状と色合いです。


『茶道筌蹄』に「青磁一閑人 元来香炉なり、仙叟箱書付には青磁香炉一閑人とあり、何れの時よりかフタ置となる」「同無閑人 人形のなきを云ふ」「赤絵の獅子 一閑人のごとく、人形の所が獅子になる也」とあります。

川瀬忍は、大磯の川瀬家に生まれ・・・祖父の初代竹春、父の2代竹春に師事しました。

その後、青磁に魅せられ研究に次ぐ研究を重ね、現在の人気作家となりました。

龍泉窯の魅惑の釉薬と、川瀬忍独特の造形センスが融合した作品は魅力的な作品が多く生まれております。

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本歌である、龍泉窯の無閑人蓋置は根津美術館に所蔵されているようです。

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※ご成約済みです。
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『永楽レアものさんギャラリー』⑤城山窯(永楽即全) 桐之絵 茶碗 三井高棟箱 [新入荷]

永楽レアものさんギャラリー、第5弾参ります。

城山窯(永楽即全) 桐之絵 茶碗 三井高棟箱

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永楽即全は、父・正全が急逝した後、60余年に渡って永楽家を支えた昭和時代の名工です。

昭和10年(1935)に16代を継ぎ、本格的に作陶を展開したのが、昭和12年(1937)から登窯を築いたところから始まった、神奈川県大磯の三井家別邸の御庭窯としての城山窯です。

祖父得全が、生前果たせなかった約束を、三井高棟(たかみね)の隠居を受けて始めたもので、昭和20年(1945)まで断続的に行われました。

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三井高棟

実業家。京都生。三井高福の八男。明治18年家督を相続し三井家第十代当主となり十五代八郎右衛門を襲名。三井家同族会議長を経て三井合名会社初代社長に就任。昭和8年に引退するまで三井財閥の多角的事業発展に君臨した。趣味人でもあり、隠居後は城山山荘にて茶道や、歌、絵等に没頭しました。昭和23年(1948)歿、92才。

城山荘  ※三井家HPより抜粋

三井家は文化・芸術を後援しており、一族には自ら嗜む者も多かった。高棟もさまざまな趣味を楽しんでおり、それは弓、書、絵画、能楽、茶の湯、陶芸、建築、築庭、印章、写真と多岐にわたり、なかでも常に強い関心を示していたのが建築であった。

高棟が生涯に所有した建物は、東京今井町本邸のほかに、京都では油小路邸、木屋町別邸、旧後藤家岩栖院別邸、別荘として箱根小涌谷別荘、拝島別荘、そして晩年を過ごした大磯城山荘がある。

大磯城山荘は建築資材や内部の家具・調度品などに、奈良薬師寺をはじめとする全国の社寺から集めた古材を用い、その再生を図っていることが特徴的だ。

38,000坪という広大な敷地内には、本館以外にも大小さまざまな建物が築かれ、国宝に指定された茶室「如庵」と付属施設も今井町本邸から移築された。「如庵」は、もともと織田信長の実弟で千利休の弟子であった織田有楽斎が京都に創建した茶室で、明治41年に売却され、三井家が今井町邸内に移築して保存していたもの。国宝指定は昭和11年で、13年に大磯への移築が完了した。
財閥解体後、この場所はしばらく放置されていたが、現在は神奈川県立大磯城山公園として一般公開されている。

三井高棟の現役時代の逸話は長くなるので、割愛いたしまして・・・作品に戻りましょう。

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永楽即全による仁清写茶碗です。

しかし、後年の即全作品とは、ちょっとテイストが異なります。後年の堅い感じではなく雅味があるといったらよいのでしょうか・・・。

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裏側より。

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印は”城山”の丸印です。

城山窯では、色絵・交趾・金襴手などの花入や香炉を中心に制作されておりましたが、同時に三井家に伝わる茶入や茶碗などの古器名品を研究し、茶陶の真髄を学びとっておりました。

この作品はその時に生れたもので、古作の仁清を模したと思われます。

この頃の活躍により、昭和18年(1943)には戦時下において、伝統的な工芸技術を保存する人々に工芸資材を提供するため制定された、工芸保存資格者に認定されています。

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三井高棟書付

その後、高棟が亡くなり・・戦後の大変な時期に永楽即全は、京都へ戻り千家茶道を支える為、保全からの正統派茶道具を世に伝えるべく活躍することになるのです。


※ご成約済みです。
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2018年5月19日~21日の新入荷情報です。 [新入荷]

お待たせ致しました。

三都出張の新入荷情報です。 マニアックなもの・・・多いです。(^^;

川端近左 敷板 三枚組 ※ご成約済

茶平一斎 花筏蒔絵 手桶水指 ※ご成約済

十四代沈寿官 薩摩焼 鶴形向付 10客

平澤九朗 瀬戸 一重口水指 淡々斎書付

古楽山焼 出雲 耳付水指 淡々斎書付

御深井焼 黒織部 茶碗  祖母懐印

御深井焼 瀬戸 沓形茶碗 祖母懐印

御深井焼 志野 香合 祖母懐印

加藤春岱 志野 筒茶碗

加藤春岱 志野 平茶碗 ※ご成約済

大橋秋二 染付鶏絵 卵形香合 指雲児銘

村瀬美香 不二見焼 筒茶碗 不二印

市江鳳造 志野 茶碗

大喜豊助 豊楽焼 木具写三段重

加藤十右衛門 赤織部 松皮菱火入

加賀瑞山 萬古焼 笹皿 十枚

四代 中村道年 赤 茶碗

九代 大樋長左衛門 白鶴 香合 ※ご成約済

永楽即全 赤絵菊兎 香合

湊焼 不識水指 津塩窯 ※ご成約済




本日は、ベースにお越し頂きました皆様方・・・お気遣い頂き、事前にお電話にて調整をしてくださり恐縮でございました。

お陰様で、朝から夕方まで、時間差でゆっくりとお話することが出来ました。(^^♪

いっそ、完全予約制にしてしまった方が早いのでは?という気もした今日でございました。(^^;

さて、明日は今月最後のベースです。

ちょっと、雨模様のようですが・・・気を付けてお越し下さいませ。





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5月のベース、第三週目です。 [BASE215]

大阪~名古屋~京都と美術倶楽部三連チャン出張から帰りました!

色々と、良い出逢いの仕入れがありました。

茶道具中心では有りますが。今月はなんやかんやと、新入荷が充実しました。

今週末には、恒例の十翔会が控えておりますので、それに向けて…ということもありまして。


明日と明後日、今月最後のベースとなります。

勿論、新入荷商品は手入れ、をする時間の為にもベースに持参しております。

皆様のご来訪、心よりお待ち申し上げております。(^-^)

※22日(月) 13時より ご予約入っております。



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『永樂レアものさん ギャラリー』④ 永樂和全 大河内焼 竹の絵片口茶碗 [新入荷]

今回はさらに、マニアックですよ☆

永樂和全といえば、九谷で焼いたものや、菊谷焼などが知られます。当店でもちょくちょく登場致しますね。

和全の歴史の中で、完全に埋没しており・・・どの資料などでも発見出来ない和全作品が、『大河内焼』です。

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大阪府寝屋川市で和全が製作したお庭焼焼です。


寝屋川の有力豪商であった池村省三が、小楠公(楠木正行=くすのきまさつら)の墓所に墓碑が建てら

れることになったとき、参拝客のみやげ用に陶器の製造を計画しました。

画家の田能村直人の薦めで明治初年に永楽和全を自分の屋敷にまねき、窯をつくりました。

それが『大河内焼』です。

田能村直入による作品も残されております。

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反対側より。

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見込部分。やさしい片口になっております。

本当に、点てやすく飲み易い造りになっており驚きました。

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釉薬も土も、近くだからでしょうか・・・古曽部焼と似ている気がします。

現在、当店では以前入手した大河内焼のうち3点を大阪歴史博物館に寄託しており、昨年に特別コーナーにてご紹介頂きました。


永楽和全は明治9年から明治13年にいたる4年間に「大河内焼」で雅味溢れる作品群を製作しました。しかしながら、高価すぎたので一般には普及せず、窯の経営は成り立ちませんでした。

現在では残念ながら作品の多くは散逸してしまっているようです。

資料類が皆無に近い大河内焼ですが、昔に一度記録されたことがあります。

池村家に保管してあります、大河内焼が寝屋川市史に写真付きできちんと遺されていたのです!

その中に、当作品も掲載されておりました。

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大阪歴史博物館に寄託しております分も、同じく池村氏旧蔵品です。

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箱は後年に大阪陶磁協会の安田さんにより箱書されております。

売り物、としてはほぼ存在しないものです。

マニアックだったでしょう?(^_-)-☆


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『永樂レアものさん ギャラリー』③ 永樂和全 蔓付茶入 備前写 御室初窯 [新入荷]

『永樂レアものさん ギャラリー』、第3弾いきます。

昨日は、保全から和全に続く時代の中での宗三郎(回全)のご紹介でした。

その中で、御室窯のお話が出てまいりましたが・・・今日、ご紹介致しますのはその御室窯作品です。

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永樂和全 蔓付茶入 備前写 御室初窯

この、フォルムと上がり・・・和全作品の中で、稀にみる仁清の精神性が宿ったかのような作品です。

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反対側から。

この作品は和全の作品の中でも特に稀少かつ出来のいい御室窯時代です。

義弟・宗三郎の所有地に新しく窯を築いたところ、仁清印のある陶片が大量に出土したことから

野々村仁清の窯跡地であったと判明したということです。

しかし、永楽が初めて自前の本窯を開くということ、仁清以来衰退していた御室窯の復興、仁阿寺

の御用窯としての需要など様々な目論見から、計画的な立地であると考えられております。

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この作品は、御室窯の初窯の際に焼かれたものです。

初窯は嘉永六年(1853年)の仲秋(陰暦8月)でその当初よりレベルの高い作品が製作されておりました。

伝世では、初窯では磁器作品が多くこのように陶器でしかも手の込んだ物は後の作品も含めて稀少な佳品であると思われます。

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この蔓の角の立った細い造形、仁清風の轆轤形成のしゅっとした感じ・・・それが、備前写しという、これまたひとつ間違えれば鈍重になってしまうところを、かえって重心感と緋襷によりさりげない景色をあしらうことで、全体としての美を成り立たせています。

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象牙の蓋が添いますが、これは替茶器としてお使いになられるか、思い切って小間でのお薄なんかでのおもてなしは如何でしょう?(^-^)


御室窯は明治3年(1870年)まで続きました。

その後、まるで父の背中を追うが如く・・・和全も各地に赴いての作陶人生を送ることになります。

次回は、和全のさらにマニアックなやきもののご紹介です。

※売却済です。


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『永楽レアものさん ギャラリー』② 永楽宗三郎 三島写 酒呑 [新入荷]

第2弾、はこれまた珍しい・・・宗三郎作品です。

『宗三郎』についてご説明を致します。


弘化4年(1847)、保全が友人であります京都の塗師の巨匠・・・佐野長寛の次男を養子に迎える事に致しました。

それが、宗三郎です。本名を佐野善治郎といいます。

なぜ養子を迎えたかといいますと、和全が当主になった永楽善五郎家と並立して、『善一郎家』というものを創設して、宗三郎に跡を継がせようと考えたのです。

ところが、そのことで保全は和全と不仲になり・・・嘉永3年(1850)以降、あちこちを転々とすることになってしまうのです。

宗三郎は嘉永5年頃に、和全に協力して小規模だった工房体制を、本格的な窯場として転換させることに尽力致しました。これが仁清の窯場跡に設けられた、『御室窯』といわれるものですが・・・その後も和全を助け、永楽家を盛り立てました。

後に、宗三郎はその功績を称えられ、永楽13代回全と称されます。


そんな経歴ですから、宗三郎と特定出来る作品はかなり稀少なのです。

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永楽宗三郎 三島写 酒呑


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なかなかの出来栄えです。

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和全の三島よりも良いかも。。。

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これまた珍しい共箱も公開致します。

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印は、保全と同じですが筆跡が異なります。

永楽家に翻弄されつつも、実力を備え・・きちんと職人らしく仕事を果たした宗三郎ですが、明治9年(1876)、義兄の和全よりかなり早くに亡くなってしまいました・・・。



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『永楽レアものさん ギャラリー』① 永楽保全 黄南京焼 酒盃 [新入荷]

ここのところ、これまでにない位・・・マニアック過ぎる、永楽善五郎作品が集まってしまいました。(^^;

ということで、しばらく『永楽レアものさんギャラリー』、致します☆


第1弾、保全から参ります。


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永楽保全 黄南京焼 酒盃

南京焼は、中国の明代から清代にかけて焼かれた磁器の総称で、日本には江戸前期に南京地方から渡来したことから南京焼と呼ばれます。

主に景徳鎮民窯で焼かれたものと言われております。

保全は、交趾の釉薬作品も素晴らしいものを多く遺しておりますが、このような黄南京焼という作品は珍しいものです。

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見込み。

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底には染付銘で、「大倭天保年 永楽保全製」とあります。

このような組み合わせも珍しいものです。

大倭、というのは大日本ということですね。

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凛、とした形状、単色ですが単調ではない・・・なんとも深みのある釉調。さすが保全と唸らせます。

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共箱 甲です。

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共箱 裏です。


保全の善五郎時代の作品になります。

善五郎時代は、文政10年(1817)~天保14年(1843)ですが、了全の存命中は磁器を完成するに至ってなかったといわれます。

そうなりますと、天保12年(1841)~天保14年(1843)の間の作品であると特定することが出来ます。

この時期に、保全製という銘を入れてあるのも、天保時代と解るようになっているのも、この作品のコレクションとしての価値であると存じます。

滅多にない作品です☆

※ご成約済みです。


次回も、『永楽レアものさん ギャラリー』、続きます。(^^♪
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日帰り、カナザワ。 [見聞録]

13日の日曜日・・・朝イチで出発して金沢へ行ってまいりました。

2週間弱前に・・・4日間行ってたところですが。(^^;

今回は、金沢美術倶楽部 100周年記念 茶会への参席と、同じく100周年記念式典&レセプションパーティへの参加です。


濃茶席が倶楽部社長である”谷庄”さん。

県美で行われている展観が利休とその周辺、ということで席中も同じように!

席中にも2週間前の前期展で美術館のガラス越しに見たばっかりのモノが登場したりで。

この調子は、薄茶席の方も同じくで・・・美術倶楽部席の方も贅沢な空間でした。

この辺は、まだ本日までお席に行かれる方もいらっしゃるのであまり書かないでおきます。

人数と時間限定でしたので、進行がスムーズに進み、予定外に時間が出来ました。

ここは、手間を惜しまず・・・中村記念美術館と県美の後期展観も見に行くことに。

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雨の降る中、新緑の美術の路をてくてく。

やはり、行って良かったです☆

21世紀美術館・石川県立美術館・中村記念美術館の3カ所で開催されております、今回の100周年記念連動展観、あと1週間程ですが是非足をお運びくださいませ!

夕方からは、日航ホテルにて式典。

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感謝の宴、ということで金沢美術倶楽部の贅沢なおもてなしでした。

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最初、食事が始まるまでに小一時間程かかっておりましたので、間に合うか心配でしたが・・・

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サンダーバードの最終電車に間に合いまして、最後の乗り換え駅・・・岸和田でこれまた最終電車各駅停車待ちするころにはこんな時間。

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日曜の最終電車待ちには、だーれもホームに居ません。(^^;

本当、疲れましたが・・・行って良かった日帰り金沢でした。

そして、また2週間後に金沢出張がある、というのが恐ろしい。。。
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