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【2022年6月】新入荷情報&スケジュールのおしらせです。 [BASE215]

【2022年6月29日 新入荷情報追加】


名美アートフェア、終了致しました!

ご来訪&ご高覧頂きました皆様、誠に有難うございました。


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今回・・・企画展示が出来ず、私自身もちょっと物足りないブースになってしまいましたが、来年は尖がった展示ブースに出来れば、と思っております☆


今回は、準備日は6時半に出発して、到着後すぐに陳列、そこから・・・愛知陶磁美術館での、館長直々の熱いプライベートギャラリートークを拝聴したり、そのまま瀬戸市美術館での宮内庁の秘宝、戻って過ぐに・・・兼ねてより待望の、『お洒落』さんのフルコース茶事、と5分刻みでのタイトスケジュール。

翌日も、夜は師匠とのこれまた熱い『勉強会』などもあり、毎日・・・アートフェア以外も充実しておりました☆


(さらに・・帰り道中、寄り道して大人の遊園地で走ってきたことは内緒です(^^;)


帰宅後も、東美正札会の準備に追われていてフラフラですが、今月最後の新入荷情報を更新しておきますね☆




〇明治初期頃 五十嵐信平(三代) 古曽部焼舟形 向付 【5客】 箱無


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ちょうど、いいサイズ、ちょうど、いいプライス☆なのです。


※ご成約済みです。



〇和田桐山 仁清黒団扇草花 平茶碗 久田尋牛斎 箱


※ご成約済みです。




〇吉羽與兵衛 腰黒 薬缶 即中斎 箱


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ほぼ、未使用の美品です。書付もあります。

ひとつ、お持ちいただくと便利この上無いアイテムです。


※ご成約済みです。



〇二代 眞葛香山 仁清意初午画 茶碗

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『狐の嫁入り』! まさか他にも存在するとは!

当店に在庫しております、淡々斎箱のものとは異なる個体です。




〇大正後期 二代 眞葛香山 七宝透瓢形 杓立 惺斎 箱

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唸らされる、仕事、です。

※商談中です。




〇大正期 築城良太郎 碌々好 山中細工茶器 惺斎 箱

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挽き、の美学、引き、の美学。。。が凝縮された佳品です。


※ご成約済みです。




〇江戸期 抱桶 水指

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書院での茶道では、定番であったものです。 そろそろ暑くなってきました・・こういうものが、涼を感じさせるのです。




〇生田花朝 扁額 住吉詣


名美アートフェア、での壁飾りにてお目にかけます☆




〇江戸後期 三代 清水六兵衛 御本半洲薺画 茶碗 中島来章画

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同時代の傑の出会い。

某、京都の老舗窯元の御子息の協力により・・・画の名前が判明しました!

『薺(なずな)』、春の七草です☆




〇江戸期 古作木彫 鴛鴦香合 足 碌々斎自作 了々斎 碌々斎 箱

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おおきな、香合です。

某表千家流の大家の蔵のものです。上部は400年程前の古い木彫りです。

下部は、伝来の鎌倉彫りを手本にして碌々斎が自作したものなのです。

レアなこと、極まりないものです。




〇大正後期 二代 眞葛香山 極彩色唐子獅子冠 香炉

二代香山 極彩獅子被香炉 (4)-2.JPG


ひさしぶりに、手に入りました☆




〇幕末期 三代 清水六兵衛 御本半洲 竹画茶碗 中島来章画


三代六兵衛 御本半使 竹画茶碗 (8)-2.JPG

なんて奇遇な。。。この数日内に、似たものが2点寄ってきました!




〇明治期 二代 眞清水蔵六 御本写立鶴 茶碗 山科初窯

二代蔵六御本立鶴茶碗 (5)-2.JPG


さりげなく、良い味わいなのです。


※ご成約済みです。



〇昭和41(1966)年 益田芳徳 がらす はち 【走泥社】


益田芳徳 がらすはち (4)-2.JPG


一瞬、香山の有名な重文のフォルムに見えてしまい・・・つい。

しかし、見れば見るほど、なかなかのデザイン感覚なのです。

その辺は、前衛モダン美術軍団であった、『走泥社』のメンバーですね!




〇昭和中期頃 二代 宮永東山 染付山水富士 向付 【12客】

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やはり、下手な永楽や真葛の染付食器より・・・絵付けも意匠も凝っております。

これは、客数もありますし・・・なかなかのおすすめなのです。




〇平成元年 雪月花展出展作  十五代大西清右衛門(峰玉箱)
 
   日月王透唐銅朝鮮風炉釜 真形釜添 而妙斎好み五ツの内


大西清右衛門 日月王朝鮮風炉釜 (1)-2.JPG

これは希少な作品です。而妙斎の『半白』と高島屋美術部の80周年を記念した展観で発表されたものです。クラシカルとモダンの調和も素晴らしく。元は800万円程のものです。


※ご成約済みです。



〇九代 大樋長左衛門 数印掛分 茶碗 坐忘斎 箱

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作品名、の通りです。(^^;


※ご成約済みです。




〇三代 村瀬治兵衛 独楽塗 炉縁


お洒落な炉縁です。古来の独楽塗をシャープなフォルムで炉縁にしております。


※ご成約済みです。




〇江戸前期頃 高原焼 高麗写 茶碗 日本陶磁協会出展

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浅草の方にも窯があったといわれております、高原焼ですが・・こちらは、大阪の高原焼です。

寛永年間に近いもので、当時は京焼と同じく『高麗御本』の写し需要に応じて造られたもので、古の茶会記にその名を多く遺しております。




〇江戸時代 御菩薩焼 柿本人麻呂像 香炉

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江戸時代前期。『みぞろ』焼の珍しい眺望作品です☆


※ご成約済みです。




〇文政10(1817)~天保14(1843)年頃 永楽保全 萌黄交趾 酢猪口


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これまでの、酢猪口と違い・・・ちいさいのです。まさに、酒器。

この発色の良い緑色の奥には・・・繊細な、彫りによりデザインの世界が広がります。




〇天保13(1842)~安政2(1855)年頃 仁阿弥道八 桃山御本 方広寺常什茶碗 金継ぎ有

仁阿弥 桃山御本方広寺什器茶碗 (5)-2.JPG


なんとも、マニアックな! 徳川家康、の因縁のつけどころとなった釣鐘のあるお寺さんです。

桃山に隠居後の道八に、什器としてのお茶碗が依頼され収まっていたのですが、明治維新の移転整理の折に?外へ出てしまったようです。

直し、はあるもののミドコロの多いお茶碗です。




〇大正~昭和初期頃 横井米禽 古萩模 壺(徳利)【3本組】 共箱+無地箱

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これまた、味わい深いものです。まだまだ育ちます。花入れにも良いですよ。




〇幕末期 三代 清水六兵衛 御本立鶴 小茶碗 無印

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茶箱用サイズのお茶碗です。3代らしい造りです。



〇昭和初期 清水楽山 雲鶴狂言袴 茶碗 日呂志極め箱


お値打ち価格ですが、なかなかのものです。 8月の丸善書店での催事にてお目にかけたいと思います。



〇金重晃介 備前 茶碗 岡山県重要無形文化財保持者

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当店では、珍しい入荷です。 先だっての藤原雄と同じく・・・この釉調にグッときました。



〇西村象彦 五清蒔絵 吸物椀 【10客】

四君子+1 の5客絵替わりが2組入っております。


現代でも同手を象彦さんで製作されておりますが、もう絵付け・蒔絵が全然違うのです・・・。



※ご成約済みです。



〇明治37(1904)~昭和27(1952)年 初代 矢口永寿 呉洲魁 手鉢 井上侯爵蔵品写

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呉須の良さ! 形状も珍しいのですが風格のある佇まいにほれ込みました。




〇大正時代 永楽妙全 染付麦藁 向付 【10客】


※御成約済みです。



〇高麗青磁 茶碗

※商談中です。




〇江戸前期頃 尾張藩窯 御深井焼 蔓付 茶入 小堀宗慶 箱


初期御深井焼、の珍しい茶入です。


※ご成約済みです。



〇三代 豊楽焼 萩釉 鉢 直し有


直しはあれども、この釉薬のおもしろさの魅力は減りません。茶事に抜群です。



〇明時代 交趾 蓮 香合


本歌、交趾香合です。型物番付にある『交趾蓮』とはまったく違う珍しい意匠でレアなのです。

なにより・・・色が・・・いい。


※ご成約済みです。




〇明時代末期 芙蓉手 兜鉢


このコンディション。染付の発色。 そして、描かれてる意匠が、密かにかなり珍しいものなのです。





【以下は、お客様からのお預かり品です】

裏流のものは、7月の東美正札会迄の期間限定販売となります。


〇大西清右衛門(浄中) 朝鮮風炉 真形切合釜 即中斎 箱


〇角谷与斎 七宝筋 炉釜 鵬雲斎好み 箱


※御成約済みです。


〇飯田光秋 浪車蒔絵 平棗 鵬雲斎 箱


※ご成約済みです。



〇山下甫斎 塩窯蒔絵 大棗 鵬雲斎 箱


※ご成約済みです。



〇萩井好斎 萩丸 莨盆 鵬雲斎好み 箱



〇五郎左衛門 広口 銚子 大西浄心極め箱

※御成約済みです。



〇粟田元笠 玄々斎好常盤籠 炭斗

※御成約済みです。


〇四代川端近左 真塗 長板 大小

※ご成約済みです。




【6月のスケジュール】


2日 ベース  10:30予約有
3日 ベース 9:30~10:30 〇 以降 ×

6日 大阪南美術会館 オークション
7日 大阪美術俱楽部 オークション


7日 ベース 13時~ ご予約一件有り
8日 ベース 9時ご予約有り 後 ×
9日 ベース

10日~京都出張
11・12日  『京都正札市』 @京都美術倶楽部

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13日 ベース

16日 ベース ⇒ 午前中に『外回り営業』が入りました。 
(事前にご連絡を頂ければ、午後過ぎよりベース営業は可能です。)


17~18日 東京美術倶楽部オークション出張
19日    大阪美術倶楽部 オークション
20日    名古屋美術俱楽部 オークション
21日    京都美術倶楽部 オークション

22日 ベース  ※今月ラストの営業日です。

23~出張
24~26日 『名美アートフェア2022』 @名古屋美術倶楽部

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6月30日~7月4日 東京出張  『東美正札会 記念大会』

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名美アートフェア2022 準備完了です! [催事]

いよいよ、明日からになりました・・・・名美アートフェア。

当店は、チャレンジ続けて・・・・記念すべき、『10回目』となります☆


本来、企画展示として・・・『幕末・京焼 特集』の予定でしたが、事前販売が好調でございましたもので、企画としての体を為さなくなってしまいました。(^^;


ですので、これまでの名美アートフェアを振り返って・・・・初心に戻って、ノンセクションのお手頃品を中心とした展示に変更させていただきました。



当店ブースの様子です。


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是非、ご高覧の程よろしくお願いいたします☆



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【二代 吉羽與兵衛 腰黒 薬缶 即中斎 箱】 [茶道具]

たま・・・には、「普通」のお道具、のご紹介でも。(^^;


といっても、そうしょっちゅう出てくるものでも、ございません。



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【二代 吉羽與兵衛 腰黒 薬缶 即中斎 箱】



腰黒薬缶、というものは「茶道」では欠かせないお道具です。

しかし、最後に少し登場するだけ、なので・・・こだわる人はこだわりますが、なんでも良いのでは?という御仁もいらっしゃいますが・・


そこは、実は一番「違い」が出るお道具でもあったりするのです。



全てのお点前も終了し、お客様方も『お菓子』も『お茶』も頂き終わっており・・・主客との問答も一通り済んで、少しの静寂と、席のエンディングを迎える直前の『凛』とした、雰囲気が部屋を満たしている時・・・・

お点前さんが入ってくるその時!

目にする唯一のアイテムなのです。


一番純粋に注目されるお道具かもしれません。


そこで、お稽古道具でも一緒・・・というわけにはいきません。


解る人には『一目瞭然』、なのです。



表流では、『中川浄益』の6~10代辺り、そして『11代』の書付物、『高木治良兵衛』の少し前のもの、位しか選択肢が無いのです。


その間に入る、スカっとした腰黒薬缶が、この吉羽與兵衛作品なのです。


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新品、では無いのですがかなり綺麗な状態であります。


『腰黒薬缶』というものは、元は『薬』を煎じて飲む為の道具であったことからという由来です。


古い浄益のものなどは、その名残として小さな『丸い輪』が付いたりします。

それは蓋が本体と離れて不明になることを防ぐのに、鎖でつながれていたことからだそうです。


元は『薬缶』と『火箸』の製作を任されて代々続いております中川家は、千家十職の初期から千家に仕え・・・最後の11代は、生前中、『十職の長』として長らく貢献しておりました。

この作品は、その11代の時にリメイクしたデザインを元に作られております。

伝統のデザインを、現代風なフォルムと色合いで席中の最後を華やかに締めくくるように演出されているともいえます。


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2重箱です。


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二代目が、襲名直後の作品と思われます。

1970年台前半の作ですね。


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即中斎は、最晩年の筆、になります。


意外と、探すと無いのが・・・このようなお道具なのです。


ということで、やきものの取り扱いが主である当店ですが・・・こういうものも、嫌いでは無いのです。


※ご成約済みです。




二代 吉羽與兵衛さんの略歴です。(出典 吉羽家公式HPより抜粋)


1930年 初代 與兵衛の長男として生まれる 本名 宗敏
1947年 家業釜師の修行に入る

1972年 二代與兵衛を襲名 爾来京釜の伝統を厳しく守り、新しい創造を求めて研究製作に打ち込む

1974年 東京にて與兵衛襲名記念展
1975年 京都にて與兵衛襲名記念展
1981年 東京日本橋三越本店にて第一回個展 爾来三年ごとに個展を催す
1984年 広島にて個展および文化講演会「京釜から見た茶の文化」
1986年 岡山にて個展および文化講演会「京釜の製作とその見方」
1989年 名古屋三越本店にて第一回個展
1990年 京都にて個展

1993年 同門会愛知支部にて講演「京釜の製作とその見方」
1995年 茶の湯同好会夏期大学にて講演「京釜の生まれるまで」
2000年 茶の湯同好会夏期大学にて講演「芦屋 天明 京釜」
2002年 表千家北山会館定期公演会にて講演「京がま あれこれ」

2008年 長男柾人に三代與兵衛を譲り、二代惣與となる
2017年 86歳にて没す






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【二代 眞葛香山 仁清意初午画 茶碗 ~狐嫁入り~】 [眞葛香山]


初夏の気候の中・・・しとしと降る雨の日が少しづつ増えてまいりました。


梅雨入りの足音が聞こえてきた、というところでしょうか。


今日、ご紹介する作品は『雨』に纏わる物語。



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【二代 眞葛香山 仁清意初午画 茶碗 ~狐嫁入り~】



幅  11.7cm

高さ  7.5cm

高台径 4.8cm


製作年代 大正末期頃

共箱




『狐の嫁入り』

お茶碗の画題としては、大変珍しいものです。

世界のマクズウェア、眞葛香山の二代目の作となります。


狐の嫁入り・・・天気なのに、雨が降っている様、を指すことを思い浮かべる方も多いと思います。いわゆる、不思議な現象ということで、まるで狐に化かされる?ということから・・また、虹が出やすいことから縁起の良いこととして捉えられております。



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葛飾北斎による、狐の嫁入りの画です。


各地で、古来より狐の嫁入りの伝承は数々あるようですが・・・


元は「狐火」といって、冬から春先にかけての夜間、野原・山間などに多く見られている奇怪な青白い火が並んで発生することから、まるで『花嫁行列』のようだ、と云われました。

さらに、そこに『花嫁』が居ないことから、狐が化かして花嫁行列を作っている?という連想からの言葉のようです。


作品を見てまいりましょう。


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眞葛窯らしい、『極彩色』にて『狐の嫁入り』が見事に描かれております。



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共箱です。


『初午』と書かれております。

そもそも、狐の嫁入り?はいつの季節を現すものでしょうか?

日本各地で、狐の嫁入りを題目とした行事を見てまいりますと・・・二月だったり、五月だったり、また・・・六月の初夏であったり、はたまた豊作の十一月だったりと、まちまちなのです。


三重県では、節分の三日、厄年の男女がキツネの面を付けて新郎新婦役を演じる厄払い行事「狐の嫁入り道中」という行事もあるようです。



香山は、狐ということから・・『伏見稲荷』の二月最初の午の日に行われる『初午』を『狐』と関連させて題されました。


季節はさておき、『豊作の兆し』という意味にもなることから、吉祥の図柄なのです。




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おや?やはりここにも『花嫁さん』は見えません。


化かされてしまいましたでしょうか?

それとも、狐火を見間違いましたか?




二代 宮川香山  1859(安政6年)~1940(昭和15年)

初代と共に作品を製作。海外へのマクズウェアの紹介と国内へのフィードバックにより、
眞葛の名声を揺ぎ無いものにした。

技術を継承しながらも時代の変遷に対応し、焼けない物は無いと言われる。

途絶えていた古伊賀釉の復活、千家の茶陶作製等も行い、関東陶芸界の重鎮であった。


注) 以前にご紹介しております、当店在庫の香山の『狐の嫁入り』茶碗とは別の個体です。
こちらは、淡々斎の書付がございません。また、意匠も若干異なるのです。





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『第三回 京都正札市』 準備完了です [催事]

今日から、京都に三日間の出張です[ぴかぴか(新しい)]

三年ぶり、で第三回目の開催なのです。


ワンフロア開催で、30軒ちょい1600点で安定の、年に三回開催の…『大美正札会』とちがって、年に一度の京都は、倍の60軒2700点の総出品数で、二階と三階を全て使用しての展示会となっております。



当店は【二階 紅葉の間 Fエリア】の展示です。


その、風景を先にご覧戴きましょう~


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【食の器】

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ちょっと、煎茶のお楽しみ。


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京都エリアで、当店の展示出品はこの催事のみとなります。

是非、この機会にご高覧のほど、宜しくお願い申し上げます[exclamation]



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【十三代 樂惺入 織部 酒盃】 [樂焼]

織部写し、のご紹介をもひとつ参りましょう☆


樂吉左衛門、十三代の『惺入』の作品です。


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【十三代 樂惺入 織部 酒盃】


幅  5.5cm

高さ 3.5cm

製作年代 大正~昭和初期頃

共箱




本樂、での盃というのは・・・結構有りそうで、お茶碗程は多くありません。

しかも、江戸後期~戦前期の間に作られたもののみ、の気がします。


戦後からの、『十四代覚入』や『十五代直入』のものは、通常のお茶碗を小さくしたような、ぐい呑みで、特別に知己の間柄への贈り物・・・としてのみの製作のようで、かなり希少となっております。


しかし、約150年の間に生まれた、本樂の盃というのは・・・なにかしら、趣向を凝らしたモノであり、面白いものです。


そして、代々の土や釉薬、作行きの特徴が凝縮されており・・・お茶碗と違って、お手頃価格で本樂を色々とコレクションして愉しめるものとして、一部で人気です。



この作品は、『馬上杯』という形状です。


元は、武人が馬の上でお茶を飲みかわす為に生まれた形状から、そういう名となっております。




さて・・・盃の場合、馬上杯という形状に意味はあるのでしょうか?


そこは、『初午』の意が込められているのです。


『初午』というのは2月の最初の「午(うま)の日」に行われるお祭りのことです。

和銅4(711)年の2月、稲荷大神が稲荷山に鎮座した日とされておりますのが初午の日です。

初午には、全国各地の稲荷神社で『初午祭』というお祭りが行われます。

稲荷神社に祀られている穀物の神様が初午に降臨したとされることから、五穀豊穣を祈念するお参りとなったのです。

余談ですが『稲荷』という言葉は『稲生り』というものが由来のようです。⇒おいなりさん⇒狐



意匠を見てまいりましょう。


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この絵は・・・『福寿草』でしょうか。



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こちらです。


『元日草』や『朔日草』ともいわれ、春のおとずれを現します。


旧暦の1月は、新暦の2月に当たります。


その辺から、このような組み合わせとなっているのでしょう。


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内側にも。


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反対側には、織部釉が流れております。

この色、がまわりに生い茂る草をイメージさせますね。


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上、の寸法をご覧頂くとお分かりですが・・・・高さ、より幅、の方が大きいのです!

見た目のマジックですね~



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印です。


惺入は、弘入の長男として生まれ、大正8(1919)年・・・32歳の時に『十三代 樂吉左衞門』を襲名しました。

戦乱が相次ぐ時期であり、大変な中茶道ならびに、茶道具の啓蒙に尽力されました。

文化人として、教養も高かったようで作品にもその片鱗が垣間見えます。


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樂惺入織部盃 (3)-1.JPG

共箱です。



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惺入の作風としては・・個人的な見解では、薄い造りに削り込み、で釉調はやや薄目の明るい色調が多いように感じます。


樂の盃の例にもれず・・・この作品も小さ目、ではありますが、なかなかの造り込みであり、コレクターズアイテムとして、お勧めなのです☆



※ご成約済みです。



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【平澤九朗 織部 向付】 5客 [おもろいで!幕末尾張陶]

先月に赴きました、MIHO MUSEUMの『懐石の器』の興奮も冷めやらぬ今日この頃・・(まだ、開催中ですが。)


久しぶりに、尾張陶の懐石の良い器が、入りました!



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【平澤九朗 織部 向付】 5客


幅  約11.8cm × 約10.8cm(各)

高さ 約6.7cm(各)

江戸時代後期(1800年台前半頃)

合わせ箱



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本歌となる、桃山陶器は・・・お茶碗等も有名では有りますが、やはり『懐石の器』が華であったと思います。

織部、志野、黄瀬戸・・といったもの、そろぞれに味わいや独創性がありますが、なんといっても『織部焼』の面白さは群を抜いております。


以前に人気であった古田織部を主人公とした漫画、『ひょうげもの』のタイトル通り、まさにひょうげてるとしか言いようの無い、形状と意匠。


現代の眼で見ても、それはモダニズムを感じさせるものであります。


そういった、美濃や瀬戸の歴史、伝統は受け継がれてきたようで、そうでなく?・・・江戸中期や後期には、それほどパッとしない様相を感じます。

おそらくは、大阪城落城の後、切腹させられたことにより・・・『織部』自体の美意識や存在を否定する流れになったことが影響していると思われます。

その頃までに京三条などで織部焼を取り扱っていたやきもの屋なども、埋めてしまって表に出さなかったようです。


ゆえに、同じ流れの作品は断絶し・・・また、所持者もしばらくは大手を振って使うことも出来なく、人々の目からも消えてしまったのかと思います。

そうなると、写し物の需要も生まれません。



それが、尾張藩士やお庭焼きを中心とした、写し物、やそれらを基にしたオリジナリティ溢れる製作が花開く、尾張陶磁器の黄金期といったものが幕末期に訪れるのです。


その一端を担った、『平澤九朗』の逸品です。


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5客が良い状態で伝世しております。

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『上がり』も良いのものです。


本歌の織部向付と同じく、轆轤では為しえない型押し成型を元にして、作られております。


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それぞれに、『く』の彫り銘が入っております。

九朗は数モノでも、押し印ではなくこのような手印となります。


それでは、1客づつクローズアップして参ります。



【1客目】

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【2客目】


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【3客目】

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【4客目】


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【5客目】


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収納箱はこんな感じでございます。




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10年程前に5客を扱った以来、のご縁です。

その後・・・江戸前期の織部(といったものがあるのかは分かりませんが)と混同されて、異様に高く競られた個体を見たことが一度ありましたが。。

なかなかレアなアイテムなのです。




平澤九朗

安永元年~天保11年(1772~1840)

尾張藩士で屋敷内に窯を築き本格的に作陶する。

その作品は評価が高く当時より九朗焼として珍重された。

その技術・センスにより御深井焼にも招聘される。

文化11年に病のために家督を息子の平澤陶斎に譲る。その後、次男の二代目まで九朗焼は続いた。

尾張の余技作家の中では最も有名であり、春岱、秋二と共に三大名工として、茶席にても珍重されております。






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