絵高麗茶碗です。

元は茶人により『絵のある』高麗茶碗として呼びならわされていたものですが、その後の研究により中国の磁州窯系のものと分類されております。

絵高麗は、文禄・慶長の役(1592~98)以後、渡来した、やや粗い白化粧の陶胎の土に、鉄描の黒い絵のあるお茶碗のことです。


さて、今回のご紹介の作品は・・・・仁阿弥道八です。




仁阿弥道八 絵高麗 茶碗


幅 13.8㎝ 高さ 5.5㎝





反対側からも、どうぞ。


鉄絵の勢いある筆で花を描いております。





見込みの部分は安南にも通じる感じです。

内側に、一カ所・・・辰砂のような釉の発色が見られます。窯変によって出たものでしょう。

ちょうど・・・飲み口から飲み終わった後にちらりと目に入るお愉しみです。




格調高い釉調で、さすが仁阿弥らしい上がりです。





仁阿弥は、江戸後期の京焼の世界に於いて、粟田系の古清水風でもなく、師である奥田潁川のような中国陶磁器の写しでもなく、国焼や高麗の写しを。。。それぞれの趣きを巧みにとらえ、独自の工夫を凝らしてひとつの世界を開いているのが特徴です。




高台回りの形成も手練れの陶工らしさです。



印銘です。





共箱です。


仁阿弥の共箱と使用される印・書き銘の組み合わせには一定のパターンは無く、それぞれの精査と作品からの判断が必要となります。





5月~9月までお使いになれる形状です。




抹茶を点ててみました。 

お茶碗の本懐は・・・この色が入ってから、さらに変える表情から受ける印象です。


仁阿弥の称は、文政9年(1826)に仁和寺宮から法橋(称号です)を叙せられる際に拝領した『仁』の字と、醍醐三宝院宮より『阿弥』号を賜ったことから、併せて『仁阿弥』と称されたものです。

ですので、この作品は1826年以降、三代へ代を譲り伏見桃山へ隠居した天保13年(1842)迄の間の作品となります。


仁阿弥の絵高麗は、刷毛目や楽に比して伝世数が少ないアイテムです。

是非コレクションに加えてお愉しみ頂きたく存じます。









※御成約済みです。


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