木地猿茶挽長角香合 [WEB BASE(商品紹介)]
本日のご紹介はいつもと少し・・・毛色の違った作品になります。
木地 猿 茶挽 長角香合 [江戸時代]
本体はきちんと成形した木地に上質な蒔絵を施し、表面は木地を活かした意匠です。
この香合の肝、となるのは表面の鉛の造形であります。
「猿」が臼で茶を挽いています。
元々は中部地方の数奇者さんが猿に因んだものを中心に面白いお道具を収蔵されてのが、蔵整理にて美術倶楽部で出されたものの一つです。
角には金の蒔絵で唐草紋様が施されております。
蓋裏と、そして身の底には月と秋草が続きで描かれており、蓋を開いた状態でパノラマのようです。
こちらは砥ぎ出し蒔絵にて、閉鎖された空間の平面に見事に季節の情感を閉じ込めております。
時代香合の例にもれず、錫縁になってます。
底面も丁寧に仕上げられております。
炉開きの前の秋にお茶の準備に勤しむ猿の図・・というだけでも面白いものですが、もう少し何か考えてみることにいたします。
猿、と抹茶。
そこで浮かび上がるのは、茶所で有名な宇治田原町にあります「猿丸神社」です。
三十六歌仙の一人である猿丸大夫がご祭神となっている神社です。
狩野探幽筆 猿丸大夫図
「奥山に紅葉ふみわけ鳴く鹿の 声聞く時ぞ秋はかなしき」の歌で知られる猿丸大夫は古来、
歌道の神として猿丸大神と崇められ、その徳を慕う多くの文人墨客がこの地を尋ねています。
また近世に入ってからは、瘤・出来物や体内の癌種の病気平癒祈願に霊験があるとして、
こぶ取りの神として信仰されるようになりました。
御本殿に供えられている木のコブは、瘤を取って癒していただいた人や
種々の病気の悩みが治ってお蔭を受けた人々が、御礼の意味で奉納したものです。
今日では、何病も瘤として祈願すれば平癒祈願の御神助を授かるとして、南山城地方を中心に広く
篤い崇敬を集め、家内安全・無病息災・交通安全・厄除、更に勉学・受験合格の守護神として、
親しみを込めて、“猿丸さん”の呼称で信仰されて、毎月十三日の月次祭にその霊験を慕う人々の参詣で
賑わいます。
600年後半とも800年代の人物ともいわれますが詳細は不明です。
古今和歌集には猿丸大夫の記述があることから、それ以前の人物ではあるのは間違いないようですが、そもそもこれが本名ではない、という話もあります。
近年では柿本人麻呂と同一人物では?という説もあったりするようです。
ただ、猿の意匠というのだけでなく臼を挽いていることが、様々な解釈と妄想をかきたてさせる作品ですね。
現代と違い情報に溢れていない古の時代。芸術・美術・道具といったものに、己の知識・経験などから様々な想いを込め、捻ったりしてモノを産み出していた時代です。
現代人の我々が、浅はかな知識で計れない隠された秘密を探し出すのも、また一興です。
木地 猿 茶挽 長角香合 [江戸時代]
本体はきちんと成形した木地に上質な蒔絵を施し、表面は木地を活かした意匠です。
この香合の肝、となるのは表面の鉛の造形であります。
「猿」が臼で茶を挽いています。
元々は中部地方の数奇者さんが猿に因んだものを中心に面白いお道具を収蔵されてのが、蔵整理にて美術倶楽部で出されたものの一つです。
角には金の蒔絵で唐草紋様が施されております。
蓋裏と、そして身の底には月と秋草が続きで描かれており、蓋を開いた状態でパノラマのようです。
こちらは砥ぎ出し蒔絵にて、閉鎖された空間の平面に見事に季節の情感を閉じ込めております。
時代香合の例にもれず、錫縁になってます。
底面も丁寧に仕上げられております。
炉開きの前の秋にお茶の準備に勤しむ猿の図・・というだけでも面白いものですが、もう少し何か考えてみることにいたします。
猿、と抹茶。
そこで浮かび上がるのは、茶所で有名な宇治田原町にあります「猿丸神社」です。
三十六歌仙の一人である猿丸大夫がご祭神となっている神社です。
狩野探幽筆 猿丸大夫図
「奥山に紅葉ふみわけ鳴く鹿の 声聞く時ぞ秋はかなしき」の歌で知られる猿丸大夫は古来、
歌道の神として猿丸大神と崇められ、その徳を慕う多くの文人墨客がこの地を尋ねています。
また近世に入ってからは、瘤・出来物や体内の癌種の病気平癒祈願に霊験があるとして、
こぶ取りの神として信仰されるようになりました。
御本殿に供えられている木のコブは、瘤を取って癒していただいた人や
種々の病気の悩みが治ってお蔭を受けた人々が、御礼の意味で奉納したものです。
今日では、何病も瘤として祈願すれば平癒祈願の御神助を授かるとして、南山城地方を中心に広く
篤い崇敬を集め、家内安全・無病息災・交通安全・厄除、更に勉学・受験合格の守護神として、
親しみを込めて、“猿丸さん”の呼称で信仰されて、毎月十三日の月次祭にその霊験を慕う人々の参詣で
賑わいます。
600年後半とも800年代の人物ともいわれますが詳細は不明です。
古今和歌集には猿丸大夫の記述があることから、それ以前の人物ではあるのは間違いないようですが、そもそもこれが本名ではない、という話もあります。
近年では柿本人麻呂と同一人物では?という説もあったりするようです。
ただ、猿の意匠というのだけでなく臼を挽いていることが、様々な解釈と妄想をかきたてさせる作品ですね。
現代と違い情報に溢れていない古の時代。芸術・美術・道具といったものに、己の知識・経験などから様々な想いを込め、捻ったりしてモノを産み出していた時代です。
現代人の我々が、浅はかな知識で計れない隠された秘密を探し出すのも、また一興です。
2017-03-31 21:53
nice!(0)
コメント(0)
トラックバック(0)
コメント 0