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【二代 眞葛香山 仁清意結文 香合】惺斎 箱 [宮川香山 眞葛焼]

お正月、初詣の際に「お御籤」を引かれた方も多いことと思います。

私も、おみくじしたのですが・・・・『半吉』。

????

中吉?末吉よりも上?

ゴーゴー検索してみます。

「吉の半分」説と、「吉と小吉の間」「小吉と末吉の間」などと、神社によってバラバラです!


う~ん。。。


「商い」面は、「良し」しかし「利薄し」と。


確かに、今年はそんな感じでスタートしております。(^^;


さて・・・おみくじは、持ち帰る場合と、境内に結んでいく場合がございます。


「文」を「結ぶ」。




二代香山 結文香合 惺斎 (6)-1.jpg


【二代 眞葛香山 仁清意結文 香合】


サイズ  幅 7.7cm

     高さ2.3cm

製作年代 大正後期

箱    共箱 惺斎書付



二代目香山の真骨頂、ともいうべき「茶道具」の優品です。


『結び文』は・・・『玉章(たまずさ)』とも呼ばれます。

古くは「寛永年間」の『野々村仁清』の作品で見られた、ひとひねりした雅味ある意匠です。



『玉章』・・・『たまあずさ』は元は、『たまあずさ』から変化したものです。


便りを運ぶ使者の持つ梓(あずさ)の杖のことであり、転じて、その杖を持つ人(使者)を指します。

『万葉集』

「こもりくの 泊瀬の山に 神さびに いつきいますと 玉梓(たまづさ)の 人そ言ひつる」


『古今集』

「秋風にはつかりがねぞきこゆなるたがたまづさをかけてきつらん〈紀友則〉」


『太平記』

「書置きし君が玉章(タマヅサ)身に副へて」


これらから、転じて・・・『文』のことも指すコトバとなります。


余談ですが・・・


烏瓜の種.jpg


『烏瓜(からすうり)』の種の名前も、この形状に似ておりますことから『玉章』と称されます。



二代香山 結文香合 惺斎 (5)-1.jpg


赤色、は少し落ち着いた赤で眞葛窯では長造時代に、侘びた風合いをうまく表現するのに大いに寄与している釉薬です。

そこに、二代香山の得意とする・・・『極彩色』の色絵で「花散し」が幾何学的に展開し、しっとりさと華やかさを対比させております。


二代香山 結文香合 惺斎 (7)-1.jpg


「朱書き」にて花押されております。

これは、香山作品では、ほぼ惺斎時代しか有りません。


表千家の『生形宗匠』のご縁により、香山は二代目の時に「表千家」との知遇を得ます。


そして、「好み物」や、それに近い少数の「書付物」が生まれます。


他の陶工の例とは異なり、なんでも「書付」したのではなく・・・あくまで少数の優品にのみ、という傾向があるのです。

そして、それらはいづれも・・・独創性を加えたオンリーワンなものたちです。



二代香山 結文香合 惺斎 (8)-1.jpg


香山の『結文香合』は、複数個体が流通しております。


眞葛窯の例により・・・同じ様な意匠でも、それぞれ意匠や作行きを変化させているのです。


二代香山 結文香合 惺斎 (3)-1.jpg


書付です。


二代香山 結文香合 惺斎 (2)-1.jpg


こちらは、仕上がった作品になってからの書付、となりました。

二代香山 結文香合 惺斎 (4)-1.jpg


二代香山 結文香合 惺斎 (1)-1.jpg


二重箱です。



二代香山 結文香合 惺斎 (6)-1.jpg


『結文』・・・は「縁を結ぶ」という意により、大切なお客様をお迎えする時はもちろん、新たに迎えるときにも活躍致します。

そして、『結び文』の元来の意味は・・・・『恋文』でもあります。


2月、現代では「想いを込めたメッセージ」を贈る習慣があります。

(昨今では「チョコイベント」となってしまっておりますが)


香山作品のコレクションとしてはもちろんのこと、1月や2月、重宝するアイテムなのです☆



※御成約済みです。



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【ゆく年、くる年、きた年】 [BASE215]

【2024年1月24日 雑記 アップしました】



今年に入り、『保全』研究家の方から数冊頂いた古書の資料を基に・・・入手困難な古書の存在をピックアップし、「3冊」見事手に入れることが出来ました。

なかなかの資料です。


昨年はたまたま、短い期間に複数点のご縁が在りましたことから、『湖南焼』『河濱焼』についての研究熱が再燃しております☆


一昨年の『三井寺門跡』、昨年の『石山寺』に続きまして・・・・

「保全の足跡を感じる旅」の第3弾。


『唐崎神社』へ。


云わずと知れた、『近江八景』の内でございます。


20240121_132657.jpg


遠くには、『近江富士』が見えます。(本名は『三上山』だそうです)


婦人病に霊験ありとして広く信仰を集めた、『唐崎神社』からの景色です。


近江八景の内、『唐崎夜雨(からさきのやう)』として有名で、平安時代より歌に詠まれてきました。


中国の『瀟湘八景(しょうしょうはっけい)』の内、『瀟湘夜雨』に由来します。

そもそも、『瀟湘八景』は中国の『湖南』地域の情景のことを指しており、

学に深かった保全が、この辺の絡みも有って・・・・と推察したくなります。


さて、江戸時代後期には『歌川広重』の浮世絵でも有名となりますが・・・・


唐崎夜雨.jpg

『唐崎夜雨(からさきのやう)』


20240121_132609.jpg


描かれていたのは2代目の松で枯れてしまい・・・現在では、三代目の松はこのようになってます。

余談ですが、金沢の『兼六園』にある『唐崎の松』は、ここの名前から由来します。




琵琶湖畔の名所はどの地も・・・・澄んだ空気感、が独特の心境にさせてくれます。


保全の晩年の状況を想い、そして心境を考えると、湖南地域に住を定めた気持ちもなんとなく理解出来そうなのです。


20240121_134213.jpg


センチメンタルジャーニーの最後は、『みたらし団子』。

実は、この地は『みたらし団子』発祥の地なのでした!

個人的にはベスト1です☆



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



☆『謹賀新年』☆


20240101_161318 (002).jpg


旧年中皆々様方には、ご厚誼を賜り誠にありがとうございました。

本年も、より一層・・・「K・T・K」(好奇心・探求心・向上心)の三つの心構えを忘れず臨みたいと思います!


上は、1月1日の初詣の際に撮影しました、『岸和田城』です。


その時、お堀を『鴨』たちが大挙して泳いでくるという不思議な光景を見ました。


時に、1時10分。


歩いていて全く気付かなかったのです。


被災に遭われた皆様のご無事と、生活の安定を祈念してやみません。





OHUKEYAKI-01-1-1.jpg

【御深井焼 藤袴写 茶碗】 六つの内 村木國次郎旧蔵



昨年は、ようやく東美アートフェアにて3年超しの企画「御深井焼」展が出来ました☆

このお茶碗を始め、多数のご興味を頂戴し感激したのでした。

今年も、なにか面白企画が出来たら良いのですが・・・なかなか、モノが揃わないかな~
                  




【新入荷情報】



〇大正後期 二代 眞葛香山 黄釉青華菊の図花瓶 香斎極め箱


二代 眞葛香山 黄釉彩菊の図花瓶 (5)-2.jpg


なんてことでしょう。数か月内に「黄釉」に2点目のご縁がありました。




※ご成約済みです。




〇大西清右衛門(浄心) 円相竹梅 乙御前釜 銀摘み 即中斎 箱

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なかなか、造形的にもミドコロのあるフォルムで風格があります。

浄心らしい、戦後の大西釜のテイストが良く出ております☆



〇永楽即全 御本写立鶴 茶碗 而妙斎 箱

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こちら、展観用の特別作品となります。

通常のサイズよりさらに大きく。 

御本立鶴の永樂さんの写しは、意外と即全作品しか無いようですが、小ぶりだったり・・・数を作られた梅のものだったりと、比較的・・即全の中では下位に分類される作品が多くなります。

この作品は、なかなかグッとくるものです。

箱も特別な仕立てとなっているのです。


※ご成約済みです。


〇五代 真葛香斎 倣古赤絵唐子遊び 水指 菓子鉢にも

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いい、色合いです。永楽さんの古赤絵写しと近い感じです。

伝世品としては、少ない部類に入る物です。

サイズ感も良く・・香斎さん自身により、「菓子鉢にも」と記されております。


※御成約済みです。



〇明治後期 初代 眞葛香山 依仁清意眞葛窯梅月 茶碗 村瀬玄中 箱

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希少な明治後期の香山のお茶碗です。

梅月、のこのアプローチは香山歴代を見渡しても、この時期でしか無いものです。


※御成約済みです。



〇大正後期 二代 眞葛香山 仁清意雪中竹ノ画 茶碗

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小ぶりのお茶碗です。

さらっとした作行きですが、逆に使いやすさを感じさせるものです。

眞葛窯のお家芸であります、藁灰釉の色もほんのり綺麗なのです。



※ご成約済みです。



〇大正後期 二代 眞葛香山 仁清意結文 香合 惺斎 箱

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文句なしのクオリティです!


※御成約済みです。


〇嘉永5(1852)年頃 三代 清水六兵衛 萩写 寿文字 大綱和尚筆八十翁 即中斎 箱

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以前は見かけたものですが、近年では流通が少なくなりました。

六兵衛による「萩」へのアプローチが興味深いところです。

三代六兵衛さんの印は、実は大綱和尚が授けたものなのです。

今回はパッケージングもスカッとしておりましたので手に入れました。


※御成約済みです。


〇江戸時代後期 平澤九朗 織部分銅 手鉢

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サイズ感、と造形がなかなかの手鉢です。



※ご成約済みです。


〇江戸時代後期 眞葛長造 仁清写眞葛窯 向付 【5客】

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珍しい作品です。長造の後期のものになります。


※ご成約済みです。



〇濱田庄司 鐵砂 角鉢

浜田庄司 角鉢 (5)-2.jpg

なんといいましょうか・・・サイズ感、と角の造形の良さに惹かれました!

お菓子、三つ盛りでお出ししたい☆


※ご成約済みです。


〇安政年間 堺 田久阿蘭陀焼 四方入角鶏画 香合 即中斎 箱

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当店ではおなじみの(?)、堺オランダです。

今回は珍しく、即中斎の箱なのです。


※ご成約済みです。



〇六代 清水六兵衛 イラボ 梅香合

六代六兵衛 イラボ梅香合 (3)-2.jpg

『禄晴』の秀逸な作品です! 伝統京焼から、様々な新表現釉薬技法を新たに生み出した六代さんなのです。






〇加藤芳右衛門 黒織部 茶碗

芳右衛門 黒織部 (2)-2.jpg

個展用作品とおぼしき、佳品なのです。


※ご成約済みです。


〇1994~2004年頃 松林猶香庵(十四代) 朝日焼鹿背 茶碗

朝日猶香庵 鹿背茶碗 (3)-2.jpg


十四代の隠居後の丁寧に作られた作品です。こちらも個展用ですね。

※ご成約済みです。



〇天保3(1832)~明治初期頃 森 千秋(陽楓軒) 有節萬古焼 数印急須 共箱

森千秋 急須 (3)-2.jpg

古萬古焼の弄山没後から、半世紀後・・・森有節・千秋の兄弟により萬古焼の復興が為されました。

千秋は開発担当であり、その技術力は特筆に値するものが。

この数印は、有節萬古のあらゆる印を使い、さらに七宝透かしやら・・・そして、”内側”に”龍”が彫られているのです!


※御成約済みです。


〇明治12(1879)~大正9(1920)年 辻鉦次郎(凌古堂) 夜寒焼丸三宝 蓋置 惺斎 箱

夜寒焼 丸三宝蓋置 (4)-2.jpg

『千秋万歳』の文字があります。1月の季語であり、長寿を祝う言葉でもあるのです。


※御成約済みです。


【2024年1月のスケジュールです】


9日~11日 オークション出張 名古屋

12日 ベース  11時 ご予約有 
13日 ベース  13時 ご予約有 15時 ご予約有

15日 ベース
16日 ベース 
17日 ベース 10時ご予約有  
18日 ベース  午前 × 

19日 オークション 大阪美術倶楽部
20日 オークション 名古屋美術倶楽部
21日 オークション 京都美術倶楽部

22日 ベース
23日 ベース
24日 ベース 
25日 ベース △
26日 ベース

30・31日 オークション出張 東京美術俱楽部


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2024年のベース始めは・・・スッキリと!



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ちょっと、立礼的なお迎えにて☆



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お花が無いのは、愛嬌です。利休の故事に倣って・・ということにして下さい。(笑)



<催事予告>

◎2月23日~25日 大美アートギャラリー(大阪美術倶楽部)

 第3回目となります。美術商のショーケース的なイベントです。


◎3月23日・24日 大美正札会(大阪美術俱楽部)

 年2回の予定でしたが・・・3回になったようです。次週の催事の都合上、食の器中心の展示になる予 
 定です。


◎3月29日~31日 十翔会(大阪美術倶楽部)

昨年、臨時参加頂いた金沢の2社をレギュラーでお迎えいたしまして、今年より定期「年3回」とし    て十翔会が生まれ変わります!

元は5月・11月の定例開催に加えまして、2回程の不定期特別開催であったのを整理いたしまして、「3月」「7月」「11月」の4か月おきの固定開催となります。

それぞれ、「最終土日」の日程でございます。




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【辻鉦次郎(凌古堂) 夜寒焼丸三宝 蓋置】 惺斎 箱 [おもろいで!幕末尾張陶]

『夜寒焼』、千家流の茶会に於きましても登場することのある、名古屋の国焼です。


「やかんやき」?と尋ねられる方もたまにいらっしゃいますが、「よさむやき」でございます。


夜寒焼、は『辻鉦二郎』によって、明治12年ごろ名古屋の古渡夜寒の里(現在の名古屋市中区金山)に窯を築いて茶器を製造したのが始まりです。

『辻鉦二郎』は嘉永元年に酔雪焼を創始した酔雪楼主人・辻宗衛(惣兵衛)の子として生まれました。

最初の頃は名品の茶道具の写しを製作していましたが、次第に日用品としての陶器や染付なども製作するようになりました。


夜寒焼 丸三宝蓋置 (4)-1.jpg


【辻鉦次郎(凌古堂) 夜寒焼丸三宝 蓋置】


サイズ 幅  5.5cm

    高さ 4.3cm


製作年代 明治12(1879)~大正9(1920)年

箱   惺斎 書付




表千家流では、『碌々斎』も『夜寒焼』を訪れ、自筆の茶道具を残しております。


『夜寒焼』は染付磁器の茶器を当初製作していたようであり、碌々斎の訪問もその頃のようです。

明治29年には、『辻陶器工場』を設立、磁器以外の、黒釉・鉄釉のものや、『夜寒焼』としては伝世品を見ることの多い『乾山写』のものなど多岐に広げていました。

この作品も、『乾山写』の部類に入ります。



夜寒焼 丸三宝蓋置 (6)-1.jpg


得てして、やわらかい感じの作風が特徴の『夜寒焼』でありますが、このフォルムはとても「流線形」が素敵なのです。

台部分の側面には、『早蕨』のような絵付けが在ります。


夜寒焼 丸三宝蓋置 (5)-1.jpg


『丸三宝』形というのは、元は『墨台』から発展したものです。

角の『三宝』形に対して『丸三宝』となります。

「輪」の形状が多い、「蓋置」の中では天板が平の形状なのがこの部類の特徴です。

釜の蓋の安定性は、輪形とは変わりませんが、棚に飾った時の見栄えや、天面の意匠で愉しめるという側面があるのです。

こちらも『千秋萬歳』の文字が記されております。



「せんしゅうばんざい」とは、長い年月の意で、特に永年の繁栄や長寿を祝う言葉として古く中国からもたらされ、単に幾久しいの意で用いたり、非常に嬉しい気持などを表わす語として用いたりしました。


しかし、そこから日本独自の意味も広がっていきました。

日本古代の信仰に根ざす、正月の祝福芸能の一つとして、中世陰陽師の流れをくむ唱門師が、正月の吉例として諸家の門に立ち、家運・長寿のほめことばなどをとなえて舞う人たちのことを指すようになりました。

この場合は、「せんずまんざい」、というようです。


中世の頃には、小松をかざす仙人ぶりの装束が、後には『風折烏帽子』に『素袍(すおう)』姿になり、扇を持ったシテ(太夫)がワキ(才蔵)の鼓に合わせて舞い、かけ合いで祝言を述べるというものも現れます。

そちらは、「せんしゅうまんざい」、だそうで。


いずれにせよ、「新春」や「めでたい」ということですね。(^^;




夜寒焼 丸三宝蓋置 惺斎 (7)-1.jpg


『夜寒焼』の乾山写、は京焼の琳派風とはまた違う風合いとなります。


グレーの釉薬はより明るめの柔らかい感じに、そしてやさしいタッチの鉄絵にて意匠付けがされます。

この作品は無銘のタイプですが、夜寒焼では有銘・無銘どちらも存在致します。

表千家家元が最初から注文した場合には無銘の傾向があると、みております。


夜寒焼 丸三宝蓋置 (3)-1.jpg


『惺斎』の箱になります。


辻鉦次郎は大正9年8月10日に亡くなられました。

夜寒焼の末期頃の、惺斎による注文品として一定数製作された作品でしょう。


夜寒焼 丸三宝蓋置 (2)-1.jpg

夜寒焼 丸三宝蓋置 (1)-1.jpg



幕末期の尾張陶の味わい深さから、明治に入っての・・・貿易を目指した「瀬戸焼」の緊張感あふれる展開や、国内の茶陶や民間用の陶磁器を目指した「夜寒焼」「東雲焼」「豊楽焼」「不二見焼」などの諸窯の・・・身近になったやきもの群の面白さ、というのもまた注目すべきところなのです。


夜寒焼 丸三宝蓋置 (4)-1.jpg


※ご成約済みです。

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【二代 眞葛香山 仁清意雪中竹ノ画 茶碗】 [宮川香山 眞葛焼]

ここ数日・・・かなりの寒さが続いてます。。。

もちろん、この度の能登半島地震での被災地の方々のことを、思いますと・・この程度で不平を言っていてはなりませんのですが、それでも・・


こういう時は、こういうお茶碗に一服点ててみて、寒中を愉しんでみましょう。




二代香山 雪中の竹茶碗 (4)-1.jpg



【二代 眞葛香山 仁清意雪中竹ノ画 茶碗】


幅    12.1cm

高さ   7.4cm

高台径  4.7cm

製作年代 大正後期

箱    共箱




香山のお茶碗では、意外と・・・冬の題材が少ないように感じます。

『勅題』の初代作品では有るのですが。


抹茶茶道の復権により、二代時代は茶道具が多く製作されます。

また、他のアイテムに比して・・・「茶道具」は、比較的他のやきものに対して、大事に伝世される傾向にありましたので、太平洋戦争の戦禍を経ても伝世している作品が多いのです。


さて、この作品です。

大正5年5月20日、初代が没します。

初代時代より、一緒に製作をしておりました二代は大正7年には、三越呉服店にて大きな襲名披露展を行いました。


その際には、あまりのラインナップの広さに・・・主催者側が、これは記録に遺さないと、ということで和綴じの作品集が刊行されたほど。

実際には、大正5年から昭和15年まで製作していた香山ですが、大正後期は『表千家』への繋がりなど千家茶道界へと活躍の場を広げた時期です。


二代香山 雪中の竹茶碗 (5)-1.jpg


一見、さらっとした絵付けのように見えるお茶碗ですが、『眞葛焼』の特徴に溢れたものです。

『松』の茶碗は、他の香山作品や他窯では「緑色」の松として描かれることが多いです。

しかし、この作品は笹、竹に積もる白雪がふかっと盛り上がり・・・

前夜から降り積もった新雪の明るさを感じさせます。

「金彩」を効果的に入れることで、水墨調の渋さとの対比を「琳派風」に表現しています。

それは、まるで・・夜の闇に月の光を浴びて浮かび上がる雪中の情景にも思えます。


二代は、京都画壇の画風のみならず、「大和絵」のテイストも嗜んでいます。

その合わせ技を持つ画人として・・・「狩野探幽」がいます。

17世紀に活躍しました。

狩野探幽.jpg

《雪中梅竹鳥図 名古屋城障壁画(上洛殿三之間)》


「余白の美」で知られる探幽の、こちらも積もりたての雪を金屏風に描いて、余白をもたせることでシン!としたその場の音までも感じる逸品です。

このお茶碗にも通じるものがあると感じます。


二代香山 雪中の竹茶碗 (8)-1.jpg

このお茶碗も余白部分があります。

『眞葛窯』の御家芸である『藁灰釉』により・・・仁清色よりやや青みがかった柔らかい色調になっております。


二代香山 雪中の竹茶碗 (6)-1.jpg


二代香山 雪中の竹茶碗 (7)-1.jpg


高台の形状は、『仁清意』とあってキリっと切り立たせております。


二代香山 雪中の竹茶碗.jpg


アップしてみます。

この「銹絵」による絵付けの感じは・・・祖父である『眞葛長造』のテイストそのものです。


二代香山、『半之助』の父は・・・早くに亡くなった『長平』であり、初代香山『寅之助』の長兄であります。

早世されたあと、寅之助の妻子として迎えられたのです。


そして、初代香山は長造の四男であった為、二代香山をは17歳しか年が離れておりませんでした。

そのことが、明治期の海外での眞葛窯の活躍と、窯の消滅迄・・・技術力の維持に大いに寄することとなるのです。




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【蒟醤 亀 香合 (啐啄斎 判) 吸江斎 箱】 [茶道具]

【2024年1月17日加筆】



「贔屓(ひいき)」というコトバ・・・普段から、何気なく使っているものです。

しかし、案外と由来は知られておりません。


それは、『贔屓亀(ひきがめ)』という『神獣』の存在から来ているのです。


その辺りの事情は後述するとしまして・・・


今回は、その『贔屓亀』を模した作品のご紹介です。



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【蒟醤 亀 香合 (啐啄斎 判)】 


幅    6.5cm x 6cm 

高さ   3.8cm

製作年代 江戸時代

箱    吸江斎 箱   駒沢利斎 作



とても、品の良い作品です。


『蒟醤(きんま)』により製作されております。



中国の『填漆(てんしつ)』技法が、中国の南方(四川・雲南地方)より・・タイやミャンマーに伝わり、現地の民工芸品として発展し、普及したものが『蒟醤(きんま)』と云われます。

その後、室町時代末期頃に日本に伝来し人気を博したのです。

日本に於きましては、そこから数百年の長き時の流れのあと・・・江戸時代後期に『玉楮 象谷(たまかじぞうこく)』により他の漆技術と共に完成され、以降「讃岐」のお家芸となり知られるようになりました。



竹や木、乾漆などで形成した器物の上に、漆を塗り重ね・・・『蒟醤剣』にて文様を彫り込みます。

その後、彫溝に色漆を埋め込み、表面を研ぎ出すことで文様を表現する技法です。

研ぎ出し方によりハッキリとも、味わい深くとも自在に表現出来ます。


語源は、タイ語の「キン・マーク」であり、噛むという意味の「キン」+「マーク」は檳榔樹(びんろうじゅ)の実を意味します。

現地では、清涼剤として檳榔樹の実と貝灰を混ぜ草の葉に巻いて噛む風習があり、

それらを入れる容器に施された線刻文様も『キンマ』と呼ぶようになったと言われております。


この作品は、そういった現地の実用美術品の渡来ではなく、江戸期に『盒子』として作られたものが渡来したものと思われます。



キンマ亀香合 (5)-1.jpg


愛らしいフォルムです。

キンマ亀香合 (7)-1.jpg

甲羅の紋様もイイ感じです。


「角」が生えております。「神獣」を模しております。


キンマ亀香合 (6)-1.jpg

平べったく作られております。

これには、意味があるのです。



『竜生九子(りゅうせいきゅうし)』という、中国の伝説上の生物があります。

それは・・・竜が生んだ九匹の子で、それぞれ姿形も性格も異なっているといいます。

各々の性格で、様々な場所で各々の活躍を見せますが・・決して、竜になることは出来ませんでした。

これを『竜生九子不成竜』といいます。


いくつか、それを解した書物が伝わっておりますが少しづつ違いもあるようで・・今回は以下の文献を引用致します。


『升庵外集』(楊慎, 1488~1559年)『天禄識余』の説


1. 贔屓(ひき)

形状は亀に似ている。重きを負うことを好む。


2. 螭吻(ちふん)

形状は獣に似ている。遠きを望むことを好む。


3. 蒲牢(ほろう)

形状は竜に似ている。吼えることを好む。


4. 狴犴(へいかん)

形状は虎に似ている。力を好む。または悪人を裁くを好む。


5. 饕餮(とうてつ)

形状は獣に似ている。飲食を好む。


6. (はか)

形状は魚に似ている。水を好む。


7. (がいさい)

形状は竜に似ている。殺すことを好む。


8. (さんげい)

形状は獅子に似ている。煙や火を好む。


9. (しょうず)

形状は貝にも蛙にも似ている。閉じることを好む。



(※6~9の漢字が、入力投稿するとエラーを起こしましたので、平仮名で申し訳ございません。)


今回の作品のモチーフは、『贔屓亀』なのです。


中国では、『贔屓亀』の石像が各地で設置されております。その後、朝鮮半島や日本にも広まったようです。

それらは『重たい柱』を背負った様子になっているのです。


hiikigame.jpg

各地に存在しますが、こちらが一番今回の作品に近いでしょうか?




『贔屓』は古くは・・『贔屭』という文字でした。

「贔」は「貝」が三つで、これは財貨が多くあることを表します。

「屭」はその「贔」を「尸」の下に置いたものであろ、財貨を多く抱えることを表します。

「この財貨を多く抱える」ということが、「大きな荷物を背負う」ということに繋がり・・・石像などでその様子が表され、「盛んに力を使う」「鼻息を荒くして働く」などの意味をもつようになったそうです。

「ひき」の音は、中国語で力んだ時の擬音語からきております。


長くなりましたが・・・なので、「重たいもの」を背負っているので平べったいのです。


そして、「龍の子」であったことから、頭に「耳」が生えているのです。



キンマ亀香合 (11)-1.jpg


「鱗」の紋様らしき意匠もありますね。


キンマ亀香合 (9)-1.jpg


この作品の蓋裏には、『啐啄斎(そったくさい)』の花押が在ります。


表千家8代目、『件翁宗左 啐啄斎(そったくさい)』 (1744生~1808年没)


寛政~文化年間頃です。


贔屓亀の文献が現れるのは1500年代前半になります。

作品の造りの丁寧さからも・・おそらく江戸時代前期頃に渡来、ないし注文したものと推測されます。


キンマ亀香合 (3)-1.jpg


箱は、表千家十代『祥翁 吸江斎(きゅうこうさい)』です。

おそらく35歳頃の筆でしょう。

キンマ亀香合 (12)-1.jpg

型取って仕立てられた『仕覆』が添います。


キンマ亀香合 (1)-1.jpg

キンマ亀香合 (2)-1.jpg


利斎は九代目でしょう。



キンマ亀香合 (4)-1.jpg


最後に・・・・「贔屓の引き倒し」という諺がございます。

「ある者を贔屓しすぎると、かえってその者の不利となって、為にはならない」

という意味であり・・・それは、『贔屓亀』の上に載っている柱の土台となる『贔屓』を引っぱると、柱が倒れるいうことから来ているのです!



さて、色んなキーワードが含まれたこの作品、如何様にもお愉しみ下さいませ☆



※ご成約済みです。


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【東雲焼 瀬戸釉 菱水指】 [尾張陶磁器]

さて、新春第2弾です!

先ほどの、『米禽焼』の元となった・・・『東雲焼(しののめやき)』のご紹介となります。


こちらも、お値頃作品ですので最後の方に販売価格表記致します☆



東雲焼 口四方水指 (1)-1.jpg



【東雲焼 瀬戸釉 菱水指】


幅    15.5cmx15cm

高さ   15cm

製作年代 明治~大正時代

箱    伝世箱




『横井米禽』が後に継承した窯が、この『東雲焼』です。


明治26(1893)年に、尾張藩の士族であった『木全年輝』が開窯しました。


茶器・雑器を製作する窯でしたが、全体的に「品のある」作行きのラインナップであった為、広い地域で愛用されました。

共箱作品が少なく、また「銘」が無いものも多数ある為・・・『東雲焼』と知られず作品が流れていることも多いように思います。


一番の人気は、『乾山』風の菱水指でしょう。

なかなか、古作の琳派風の表現がなされたものです。


その水指と「陶胎」を共通とする作品がこちらです。


裏側に回ってみましょう。


東雲焼 口四方水指 (2)-1.jpg


高取焼風でもありますが、瀬戸釉でしょう。


下部は轆轤のやさしい丸み、上部へ向かって末広になっていきつつ「菱形」へ展開するという複雑な形状です。

この、「凛」とした風格はなかなかのものです。


東雲焼 口四方水指 (4)-1.jpg


内側の「灰釉」は、『夜寒焼』等と似た感じであり・・・近隣の窯であった為、関連性があるかもしれません。


東雲焼 口四方水指 (5)-1.jpg


外側の釉薬と内側の釉薬を変え、底部は土見せになってる辺りは・・・瀬戸とも高取ともまた異なるアプローチです。

むしろ京焼の影響を感じさせます。


東雲焼の菱水指シリーズは代表的なものです。銘があるときは「東雲」印が左側に小さく押印されることもあります。

この作品は無銘のタイプになります。



『東雲焼』は名古屋市東古渡・・という、現在の『中区金山』地区に存在し、販売所は『末広町』という名古屋市科学館のある白川公園の側であったと伝わります。

販売所を別に設けてることから、数量を扱う窯であったことがうかがえます。


大正13(1924)年迄の31年程の稼働となりましたが・・・・その窯の火は、途絶えることなく『米禽焼』として継承されていくのです。



※ご成約済みです。





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【横井米禽 藤田家旧蔵写 安南蜻蛉茶碗】 [尾張陶磁器]

新春のスタートはお値頃品シリーズから参りたいと思います!



米禽 安南写茶碗 (4)-1.jpg


【横井米禽 藤田家旧蔵写 安南蜻蛉茶碗】


幅    9.3cm

高さ   6.9cm

高台径  6cm

製作年代 大正時代

箱    極め箱




『横井米禽(よこいべいきん)』の作品はその出来栄えと数の伝世品の多さで、茶人の間で愛用されております。

しかし、案外・・・ザクっとしか詳細は知られてないかもしれません。



茶道具商を営んでおりました『横井兼吉』という方が若いころから『石川柳城(いしかわりゅうじょう)』という名古屋の南画家に絵を習い、また・・・瀬戸や多治見の窯場に訪れ研究を重ね、明治期に広く製作した『夜寒焼(よさむやき)』にて技を習得したのです。


元が茶道具商であることから(魯山人もそうですが、古美術商を営む別の才能に長けた人は昔は色々といらっしゃったのです)、名品に触れる機会の多さが自身の研鑽に役立ったのです。


といっても、「観る」ことが出来てもそれを「手わざ」として発揮できるのはイコールではないことであり・・・そこは元来の「才能」と「センス」に拠るところが大きかったと思われます。


得意としたのは、なんといっても『伊賀』でありますが、続いて・・・・『御本』や『安南』です。

もちろん各種国焼きのうつしから染付に至る迄全てこなせました。


今回のご紹介は、『安南写し』です。



米禽 安南写茶碗 (4)-1.jpg


小ぶり、なお茶碗です。

お酒でも楽しめそうです。


米禽 安南写茶碗 (5)-1.jpg


色合いも絶妙なのです。


米禽 安南写茶碗 (7)-1.jpg




『安南焼』は、ベトナム地域北部より渡来したやきものです。


5,6世紀に始まったとされ、日本には桃山時代~江戸初期に入ってきました。


端正な形であり、『チョコレートボトム』とも云われる高台内が赤茶色になったものが最初に伝わったシリーズです。

それらが『お茶碗』であったかどうかは不明です。

高台の大きさや頑丈さ、高さから推測すると・・・ヘビーユースの使いやすさを重視した感じが致しますので、日用雑器なのかもしれません。


しかし、独特の風合いから日本では珍重されました。


徳川家に伝わる『紅安南茶碗』も有名です。


その後、それらを元に・・・より日本の茶人の好みに応じて「沓形」で高台内も「施釉」されたものを「注文」して輸入した作品群が登場致します。

『蜻蛉』や『人物』を描いたりして・・・古染付にもなんとなく通じる価値観・感性がうかがわれます。

遠州時代の流行が反映されているのでしょうか。

このお茶碗は、その後期の安南を写しておりますので、高台内はこのように。


米禽 安南写茶碗 (6)-1.jpg




米禽 安南写茶碗 (8)-1.jpg


米禽作品は、「銘」のあるものと無いものが有りますが、その法則性は有りません。

また、価値の差違も無いのであくまで作品次第での評価となります。




米禽 安南写茶碗 (2)-1.jpg


米禽 安南写茶碗 (3)-1.jpg


箱は極め箱になります。

大阪の豪商であった、『藤田家』所蔵の安南茶碗を模したもの、と記されております。



『米禽焼』は横井米禽が大正12(1923)年、38歳のとき(※一説には大正13(1924)年とも)に名古屋の『東雲焼(しののめやき)』の窯を譲り受けて稼働致しました。


次回は、その『東雲焼』の作品をご紹介致します。




【横井米禽】 明治19年(1886)生~昭和16(1941)年没



※御成約済みです。






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