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九代白井半七 模乾山桔梗之画 向付 6客 [新入荷]

大阪は、本日最高気温が10度と寒くなる予報でしたが・・・午後からはすっかり暖かくなっております。明日は20度らしく、この緩急極まる天候はいったい。。。

「変」な話といえば・・・・以前にも書きましたが、当ブログで一番検索ヒットするのが・・・「白井半七」です。

そんなに半七作品を多数仕入れてるわけでも、積極的にご紹介しているわけでも無いのに、『半七』なんです。(^^;

いっそ、積極的にご紹介してみます。


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九代白井半七 模乾山桔梗之画 向付 6客


なかなかの上作です。色の発色、造形共に申し分なしです。

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サイズ 幅12.5cm 高さ 8.5cm

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この桔梗の向付は、半七さんの作品でも定番のひとつになります。

ですが、寄向付に入ってるものや、10客の作品とはサイズが異なります。

どの位違うかと申しますと・・・

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こんな感じです。

お料理がより盛りやすくなっております。

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『6客揃』の作品です。お茶事は勿論、食卓のおもてなしの愉しみにもお勧めです。


初代白井半七
京都の土風炉師より技法を修得したとされ、貞享年間(1684~88)頃に土風炉や種々の茶器を制作した
と伝えられている。
2代白井半七
初代の技法を継承すると共に、享保年間(1716~36)頃に瓦器に施釉した楽焼風の軟陶を制作して今戸
焼と呼ばれました。
4代~5代頃より京都の伏見人形の影響を受けた今戸人形を制作し、
浅草寺参詣等の土産物として天保年間(1830~44)頃に隆盛しました。

7代白井半七

今戸焼(隅田川焼)として、都鳥香合や帆掛け舟香合が有名ですね。
1923(大正12)年の関東大震災で被災して窯が崩壊した事で、
兵庫県伊丹市に移窯しました。

8代白井半七 1898(明治31)年~1949(昭和24)年

小林一三の招きによって兵庫県宝塚市に移窯し、
仁清・乾山写し等の華やかな京焼の作風を採り入れました。

9代半七  1928(昭和3)年~1987(昭和62)年

8代の様式を受け継ぎ、より洗練された作風に昇華させる。

1980(昭和55)年に兵庫県三田市大原に移窯しました。

吉兆などの高級料亭で活用される器としても有名です。

※ご成約済

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