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【初代 三浦竹泉 倣祥瑞紋様 石蓋茶碗(蓋物)】10客 [幕末京焼]

昨日に続きまして・・・今度は、明治時代の京焼染付作品、のご紹介です。


江戸時代の18世紀頃には、元は「音羽窯」しか存在しなかった窯元も複数登場し、『五条坂』と『清水坂』とで分かれていた陶業家の流れが統一して五条坂として盛んにりました。

明治初期には20基もの『登り窯』が五条坂近辺に稼働しており、一大窯業地となっていたのです。


そんな中、13歳の時に『三代 高橋道八』に弟子入りしたのが『初代 三浦竹泉』です。

30歳となる明治16(1883)年に独立、五条坂に築窯しました。

文人との交流と基に、様々な雅智溢れる作品と、洋風のテイストをも取り込み、新たな京焼の流れの一端を担うことになるのです。


今回の作品は、初代竹泉が54歳の歳に特注で製作した『懐石のうつわ』のご紹介です。



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【初代 三浦竹泉 倣祥瑞紋様 石蓋茶碗(蓋物)】10客


幅  12cm (蓋の径は12.7cm)

高さ 6.5cm (8.5cm 蓋を含む)


製作年代 明治40(1907)年8月


共箱




大変、上質に仕上がった染付です。


この濃い目の色、そして丸紋などの意匠は・・・・『祥瑞写し』といわれるものです。


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祥瑞とは、染磁器の一種で、素地、釉薬、青料ともに精選された上質のものを指します。

景徳鎮窯に、かつて日本の茶人の用に適う磁器作品が注文にて作られ伝世したのですが、その人気と制限された作品数により、一般人には手の届かないものでした。


幕末から、明治の京焼というのは・・・無いなら、作ってしまおう!的な感じであったように思えます。

初代竹泉は、腕もさることながら・・・和漢のあらゆる美術にも造詣が深いようでした。


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丸紋と、茶色の同紐が作品を引き締めております。

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縁も施釉されておりますので、蓋無しでも向付としても使えそうです。


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底の銘部分です。


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共箱です。



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作品としてもよく、使い勝手も、さらに良し、な器です。



※ご成約済みです。



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