『眞葛長造 眞葛乾坤 向付』 5客 [幕末京焼]
長造は、仁清の再来ともいわれ幕末に活躍した名工であります。
保全・仁阿弥・長造は幕末の京焼3傑とも言って過言ではありません。
3者とも様々な作品を生み出しておりますが・・・敢えて、一言で表すと。
『繊細丁寧な保全』、『ざっくりと味わいの仁阿弥』、『モダンな優美さの長造』
今回は、眞葛(真葛)長造の珍しい作品のご紹介です。
【眞葛長造 眞葛乾坤 向付】 5客
幅 10.3~10.6㎝ 幅 4.3~4.5㎝ (各客)
江戸時代後期
眞葛窯の特徴である、藁灰釉による薄いブルーの仁清調です。
作品としては、長造の中期頃と推定します。
この縁、のような部分は黒い釉薬です。 乾坤・・・どういった意味があるのでしょう?
”乾坤”とは、”陰陽”を表します。
白い部分と黒い部分で陰陽を表現しているのです。
そして、もうひとつ・・・意味があります。
”天地”
真上から見ると・・・丸い地球に対して回りの宇宙にも見えるのです。
仁清もそうでしたが、江戸時代にあって・・・今から見てもモダンなこのデザインはいったいなんなんでしょう?
当時の陶工にとっては、見聞きできる情報というのは現代とは雲泥の差があります。
長造は京焼の中心に居てましたので名品に数多く触れることは出来たことは推測出来ますが、発想についてはあくまで個人からしか生まれません。
”知ること”、は決まったものを入力するだけであるのではなく、自身の心で理解して解釈してこそ”知る”といえます。
そして腑に落ちたモノが自身の中で咀嚼されて・・・出力・・・”表現”の力となるのです。
眞葛窯は、長造も香山もその辺のイマジネーションのバラエティが楽しいのです☆
共箱です。
5客 状態良しです。
御値頃価格です☆
眞葛長造
1797(寛政9年)~1860(万延元年)
若くして青木木米の弟子として作陶生活に入る。後、眞葛ヶ原に開窯。
(木米は潁川の弟子ですが、他にも長造の父・長兵衛にも師事しておりました。)
卓越した製作技術を持ち、独特の成形センスと、藁灰釉を筆頭にした上品で味わいのある釉薬を自在に操り、仁清の意を本歌以上に雅味のある作品を生み出した。
明治期、世界に名を轟かせた宮川香山(眞葛香山)は長造の子である。
※ご成約済みです。
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Journal of FUJII KOUNDO 《お問い合わせ先》
TEL 090-8578-5732
MAIL fujii-01@xc4.so-net.ne.jp
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保全・仁阿弥・長造は幕末の京焼3傑とも言って過言ではありません。
3者とも様々な作品を生み出しておりますが・・・敢えて、一言で表すと。
『繊細丁寧な保全』、『ざっくりと味わいの仁阿弥』、『モダンな優美さの長造』
今回は、眞葛(真葛)長造の珍しい作品のご紹介です。
【眞葛長造 眞葛乾坤 向付】 5客
幅 10.3~10.6㎝ 幅 4.3~4.5㎝ (各客)
江戸時代後期
眞葛窯の特徴である、藁灰釉による薄いブルーの仁清調です。
作品としては、長造の中期頃と推定します。
この縁、のような部分は黒い釉薬です。 乾坤・・・どういった意味があるのでしょう?
”乾坤”とは、”陰陽”を表します。
白い部分と黒い部分で陰陽を表現しているのです。
そして、もうひとつ・・・意味があります。
”天地”
真上から見ると・・・丸い地球に対して回りの宇宙にも見えるのです。
仁清もそうでしたが、江戸時代にあって・・・今から見てもモダンなこのデザインはいったいなんなんでしょう?
当時の陶工にとっては、見聞きできる情報というのは現代とは雲泥の差があります。
長造は京焼の中心に居てましたので名品に数多く触れることは出来たことは推測出来ますが、発想についてはあくまで個人からしか生まれません。
”知ること”、は決まったものを入力するだけであるのではなく、自身の心で理解して解釈してこそ”知る”といえます。
そして腑に落ちたモノが自身の中で咀嚼されて・・・出力・・・”表現”の力となるのです。
眞葛窯は、長造も香山もその辺のイマジネーションのバラエティが楽しいのです☆
共箱です。
5客 状態良しです。
御値頃価格です☆
眞葛長造
1797(寛政9年)~1860(万延元年)
若くして青木木米の弟子として作陶生活に入る。後、眞葛ヶ原に開窯。
(木米は潁川の弟子ですが、他にも長造の父・長兵衛にも師事しておりました。)
卓越した製作技術を持ち、独特の成形センスと、藁灰釉を筆頭にした上品で味わいのある釉薬を自在に操り、仁清の意を本歌以上に雅味のある作品を生み出した。
明治期、世界に名を轟かせた宮川香山(眞葛香山)は長造の子である。
※ご成約済みです。
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『三代 清水六兵衛 青華雪月花 盃』 三ヶ組 [幕末京焼]
『使う、愉しみ。』 『観る、愉しみ。』 『所有する、愉しみ。』
お道具、というものはどれか1つだけであることも多いものです。
この3つを兼ね備えつつも・・・・御値頃である、というものをご紹介してまいります。
まずは、酒器から。
【三代 清水六兵衛 青華雪月花 盃】 三ヶ組
雪 幅6.7㎝ 高さ 2.8㎝
月 幅6.8㎝ 高さ 2.7㎝
花 幅6.6㎝ 高さ 3.2㎝
嘉永元(1848)~明治16(1883)年頃
歴代六兵衛さんの中でも、個人的に好きな順番は・・・・三代、二代、初代、五代、四代でしょうか。
三代は侘びた中にも、艶やかさ・・というか洒落っ気を感じる作品が多いような気がするのです。
それは時代背景と三代さんの活動範囲から得た感性といったものが作用してるのでしょう。
略歴は最後にご紹介するとしまして・・・
【雪】
雪の華を輪花形状を磁器にて形成し、ピンクの絵付けを一部にあしらうことでより”白さ”を引き立たせております。
染付銘です。
【月】
こちらも磁器ですが、半磁器のようにも。 釉剥がし、ともいわれる無釉の部分を月として表現に使い、芒を染付で描いております。
盃、自体が満月のようにも見えますが、この円相のようなキャンバスの中に月の光を浴びた明るさ(白磁)、そこにほのかにうかぶ月の黄色(無釉の土色)、風になびく芒は青色に月の光でより黄色が輝いてる金色、が見事に収まっております。
裏側は青磁釉です。 染付銘です。
【花】
日本の花といえば・・・現代では”桜”ですが、古来は”梅”を指しております。
こちらも古染付のような味わいで敢えて梅の花の色ではなく呉州の青色にて表現しておりますが、かえって見る人の脳内にて色彩を想像させることで印象深くさせております。
こちらは、押印です。
共箱です。
こういった、時代もあり、味わいもなるものは道具としてもコレクターズアイテムとしても楽しいものです。
意匠を語らうのもよし。当時流行した”文人趣味”というものなのでしょう。
三代 清水六兵衛 (1822-1883) 江戸後期-明治時代の陶工。
文政5年9月1日生まれ。2代清水六兵衛の次男。
天保9年家業をつぎ,六兵衛様式の作品を製作。
1848年には五条坂に登り窯を手に入れ、これより窯元となる。
御所の大雪見灯籠2基を製作したり、井伊直弼の依頼で彦根藩の湖東焼にも参画しました。
明治期には、国内に軸足を置きつつも海外へも目を向け万国博覧会に出品するなど,京焼を海外にもひろめた。
明治16年6月4日死去。62歳。幼名は栗太郎。号は祥雲。
※御成約済みです。
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お道具、というものはどれか1つだけであることも多いものです。
この3つを兼ね備えつつも・・・・御値頃である、というものをご紹介してまいります。
まずは、酒器から。
【三代 清水六兵衛 青華雪月花 盃】 三ヶ組
雪 幅6.7㎝ 高さ 2.8㎝
月 幅6.8㎝ 高さ 2.7㎝
花 幅6.6㎝ 高さ 3.2㎝
嘉永元(1848)~明治16(1883)年頃
歴代六兵衛さんの中でも、個人的に好きな順番は・・・・三代、二代、初代、五代、四代でしょうか。
三代は侘びた中にも、艶やかさ・・というか洒落っ気を感じる作品が多いような気がするのです。
それは時代背景と三代さんの活動範囲から得た感性といったものが作用してるのでしょう。
略歴は最後にご紹介するとしまして・・・
【雪】
雪の華を輪花形状を磁器にて形成し、ピンクの絵付けを一部にあしらうことでより”白さ”を引き立たせております。
染付銘です。
【月】
こちらも磁器ですが、半磁器のようにも。 釉剥がし、ともいわれる無釉の部分を月として表現に使い、芒を染付で描いております。
盃、自体が満月のようにも見えますが、この円相のようなキャンバスの中に月の光を浴びた明るさ(白磁)、そこにほのかにうかぶ月の黄色(無釉の土色)、風になびく芒は青色に月の光でより黄色が輝いてる金色、が見事に収まっております。
裏側は青磁釉です。 染付銘です。
【花】
日本の花といえば・・・現代では”桜”ですが、古来は”梅”を指しております。
こちらも古染付のような味わいで敢えて梅の花の色ではなく呉州の青色にて表現しておりますが、かえって見る人の脳内にて色彩を想像させることで印象深くさせております。
こちらは、押印です。
共箱です。
こういった、時代もあり、味わいもなるものは道具としてもコレクターズアイテムとしても楽しいものです。
意匠を語らうのもよし。当時流行した”文人趣味”というものなのでしょう。
三代 清水六兵衛 (1822-1883) 江戸後期-明治時代の陶工。
文政5年9月1日生まれ。2代清水六兵衛の次男。
天保9年家業をつぎ,六兵衛様式の作品を製作。
1848年には五条坂に登り窯を手に入れ、これより窯元となる。
御所の大雪見灯籠2基を製作したり、井伊直弼の依頼で彦根藩の湖東焼にも参画しました。
明治期には、国内に軸足を置きつつも海外へも目を向け万国博覧会に出品するなど,京焼を海外にもひろめた。
明治16年6月4日死去。62歳。幼名は栗太郎。号は祥雲。
※御成約済みです。
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『滝口加全 金襴手 中皿』 10枚 [食の器]
出来栄え、品質の良さに対して・・・・あまり知られてない陶工たち、が居ます。
その中で、永楽家との繋がりも深い、滝口加全のご紹介です。
『滝口加全 金襴手 中皿』
10枚組
幅 12.2㎝ 高さ 2.8㎝ (各客)
昭和8年(1933年)
慶応年間に、永楽和全が加賀の大聖寺藩に招聘されました。
九谷村の原石を使い、金襴手等の優品を造り、現地へノウハウを継承して京へ帰ります。
その時に和全の窯に従事した大蔵清七が、和全の帰京後に窯を興し・・・そこで14歳から4年間学び、その後清七の紹介で…今度は京都の永楽家に修行に入り・・・10年。
和全が75歳のとき、加州の”加”と永楽家の”全”を授かり・・・”加全”という号を受けました。
”滝口加全”の誕生です。
和全の病気により、得全が家督を継承する際に永楽家を辞し、五条坂に築窯。
”大古軒”と名乗りしたが九谷に帰郷し、現地の陶石を研究・・・満足いく石を発見し、ついに大聖寺での窯にて製作に乗り出すのです。
その上質さから、”錦城焼”と名乗り永楽家の技を世間に伝える為に、自身の製作に励んだのです。
そんな加全が昭和8年に注文制作した食の器のご紹介です。
色目、作風は大聖寺伊万里ですが、その質は伊万里とは異なり・・・完全に京焼の安定した澄んだ作行です。
お使い易いサイズで、またこの色目は和洋を問いません。
未使用のまま、蔵に眠っていたもので新品同様です。
88年前の作品とは思えません!
今回、10客組が3組も入りました!
※1組 ご成約済み
※1組 売却済み
☆残り、1組となっております☆
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その中で、永楽家との繋がりも深い、滝口加全のご紹介です。
『滝口加全 金襴手 中皿』
10枚組
幅 12.2㎝ 高さ 2.8㎝ (各客)
昭和8年(1933年)
慶応年間に、永楽和全が加賀の大聖寺藩に招聘されました。
九谷村の原石を使い、金襴手等の優品を造り、現地へノウハウを継承して京へ帰ります。
その時に和全の窯に従事した大蔵清七が、和全の帰京後に窯を興し・・・そこで14歳から4年間学び、その後清七の紹介で…今度は京都の永楽家に修行に入り・・・10年。
和全が75歳のとき、加州の”加”と永楽家の”全”を授かり・・・”加全”という号を受けました。
”滝口加全”の誕生です。
和全の病気により、得全が家督を継承する際に永楽家を辞し、五条坂に築窯。
”大古軒”と名乗りしたが九谷に帰郷し、現地の陶石を研究・・・満足いく石を発見し、ついに大聖寺での窯にて製作に乗り出すのです。
その上質さから、”錦城焼”と名乗り永楽家の技を世間に伝える為に、自身の製作に励んだのです。
そんな加全が昭和8年に注文制作した食の器のご紹介です。
色目、作風は大聖寺伊万里ですが、その質は伊万里とは異なり・・・完全に京焼の安定した澄んだ作行です。
お使い易いサイズで、またこの色目は和洋を問いません。
未使用のまま、蔵に眠っていたもので新品同様です。
88年前の作品とは思えません!
今回、10客組が3組も入りました!
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『初期大樋焼 黒茶碗』 銘 星月夜 吸江斎 箱 [茶道具]
本年、最初の作品紹介です。
江戸時代は最初のころ・・・寛文6年(1666年)。
加賀百万石の5代藩主、前田綱紀が京都から茶堂として裏千家の初代である仙叟(4代千宗室)を招聘した際に陶工の”土師長左衛門”を随行しておりました。
楽家の4代目である一入の師事して、一番の技術を持っていたといわれます。
長左衛門は、仙叟が帰京する貞享3年(1686年)後、河北郡大樋村(現、金沢市大樋町)に残り・・・楽焼の窯を築き、前田家の御用窯として代々続いていくことになりました。
楽焼を元にした技法である大樋焼は、轆轤は使わず手で捻りながら成形した後に、施釉を行った後に小さな窯で、短時間で温度を上げた後、作品を窯から引き出して急冷して焼しめるという技法を使います。
飴釉が特徴である大樋焼ですが、当初は楽茶碗と同じの黒・赤を禁じられたために工夫して創案したと言われております。
しかし、飴釉を深くしていうことで黒っぽくも出来、また江戸後期にははっきりとした黒も造っていくようになるのですが・・・
こちらは、初期大樋の珍しい黒茶碗です。
『初期大樋焼 黒茶碗』
銘 星月夜 吸江斎 箱
幅 10.2~10.6㎝ 高さ 9.3㎝ 高台径 4.8㎝
その名付けられた銘は、この景色からの見事な連想です。
満点の空に輝く・・・星のようであり、またいくつかの集団が正座をかたどっているようでもあります。
反対側から。
ぱっとみたところ、筒や半筒茶碗に見えます。
しかし、寸法をご覧いただけばお分かりのように・・・形状からくる錯覚です。
普通に、真夏以外は楽しんで頂けるお茶碗です。
黒茶碗ですが、随所のエッジをみると・・・かなりの深みのある飴釉のようにも見えます。
口造りは薄めですが、胴体下部につれて重量感があり、手に取って頂くときには絶妙なバランスでしっくりくるのです。
吸江斎のすかっとした箱書が添います。
利斎による上質な桐箱です。
古い養生箱。
さらに、黒塗の外箱で3重箱です☆
旧蔵者により、先代大樋さんに見せた際・・・2代でしょうとの見解を頂戴してるとのこと。
ニ代 大樋長左衛門(芳土庵)(1686〜1747)
なにより、趣き、と長きに渡って大事に伝えられてきた感がとても伝わってきて良いお茶碗でした☆
星月夜・・・ほしづきよ。
晴れ渡った夜空に明るく輝く星の光。
今、世界はちょっとした暗闇に入っております。
そんな中、明るく行く先を照らして欲しい、という願いを込めて。
※ご成約済み
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江戸時代は最初のころ・・・寛文6年(1666年)。
加賀百万石の5代藩主、前田綱紀が京都から茶堂として裏千家の初代である仙叟(4代千宗室)を招聘した際に陶工の”土師長左衛門”を随行しておりました。
楽家の4代目である一入の師事して、一番の技術を持っていたといわれます。
長左衛門は、仙叟が帰京する貞享3年(1686年)後、河北郡大樋村(現、金沢市大樋町)に残り・・・楽焼の窯を築き、前田家の御用窯として代々続いていくことになりました。
楽焼を元にした技法である大樋焼は、轆轤は使わず手で捻りながら成形した後に、施釉を行った後に小さな窯で、短時間で温度を上げた後、作品を窯から引き出して急冷して焼しめるという技法を使います。
飴釉が特徴である大樋焼ですが、当初は楽茶碗と同じの黒・赤を禁じられたために工夫して創案したと言われております。
しかし、飴釉を深くしていうことで黒っぽくも出来、また江戸後期にははっきりとした黒も造っていくようになるのですが・・・
こちらは、初期大樋の珍しい黒茶碗です。
『初期大樋焼 黒茶碗』
銘 星月夜 吸江斎 箱
幅 10.2~10.6㎝ 高さ 9.3㎝ 高台径 4.8㎝
その名付けられた銘は、この景色からの見事な連想です。
満点の空に輝く・・・星のようであり、またいくつかの集団が正座をかたどっているようでもあります。
反対側から。
ぱっとみたところ、筒や半筒茶碗に見えます。
しかし、寸法をご覧いただけばお分かりのように・・・形状からくる錯覚です。
普通に、真夏以外は楽しんで頂けるお茶碗です。
黒茶碗ですが、随所のエッジをみると・・・かなりの深みのある飴釉のようにも見えます。
口造りは薄めですが、胴体下部につれて重量感があり、手に取って頂くときには絶妙なバランスでしっくりくるのです。
吸江斎のすかっとした箱書が添います。
利斎による上質な桐箱です。
古い養生箱。
さらに、黒塗の外箱で3重箱です☆
旧蔵者により、先代大樋さんに見せた際・・・2代でしょうとの見解を頂戴してるとのこと。
ニ代 大樋長左衛門(芳土庵)(1686〜1747)
なにより、趣き、と長きに渡って大事に伝えられてきた感がとても伝わってきて良いお茶碗でした☆
星月夜・・・ほしづきよ。
晴れ渡った夜空に明るく輝く星の光。
今、世界はちょっとした暗闇に入っております。
そんな中、明るく行く先を照らして欲しい、という願いを込めて。
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Startin New year 2021 ! [BASE215]
新年、あけましておめでとうございます。
9日間の冬休みも、しっかり大掃除・雑用・休養とあっという間に過ぎてしまい・・・体調は万全に新年を迎えることが出来ました!
しかしながら、私事ながら・・・昨年末より父の入院と手術があり、色々と懸案事項もある中での新しい年の仕事始めです。。。
(香山の観音様を、本店ショーウィンドウにて展示中です)
本日は、ベースの大掃除も済ませ、明日より稼働開始です。
2021 1月の営業予定です。(変更になることもございます)
7日(木)
8日(金)
9~11 オークション出張
12日(火)午後より
13日(水)13時まで
14日(木)
15日(金)
18日(月)午後より
19~21 オークション出張
22日(金)
25日(月)
26日(火)
27~28 オークション出張
29日(金)
加えまして、ご要望のある場合
16,23,30の内、土曜日営業も可能です。
ご来訪の折には新型コロナ対策にて、ご来訪の際は重複時間を避ける為、前日までのご予約をお願い申し上げます。
お手数をお掛け致しますが、どうぞ宜しくお願い申し上げます。
=======================================================
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(香山の観音様を、本店ショーウィンドウにて展示中です)
本日は、ベースの大掃除も済ませ、明日より稼働開始です。
2021 1月の営業予定です。(変更になることもございます)
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18日(月)午後より
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